第13話


 叫びながら治療室のドアを開けたシングは僕の顔を見ると、今にも泣きだしそうだった表情を満面の笑みに変える。


「よかった。プレイさんの足が千切れとんだって聞いて」


 笑顔のまま治療室に入って来るシングの言葉を聞いて、僕とリサは真横に顔を向け顔を見合わたとシングを見て声をそろえる。


「「うん。千切れとんだよ」」


「えっ?」


 僕とリサが見合わせた顔をシングの方に向け声をそろえて答えると、シングは笑顔を凍らせ尋ねてくる。


「じゃ、じゃあ。その足は」


 再び僕とリサは顔を見合わせる。

 すると今度は、リサがシングから見えない方の目をパチリと閉じでウインクする。


 リサは何かするつもりのようだけど、僕は何をするか想像できないので黙ってリサの様子をみる。


「大丈夫だよシング。ダンジョンに潜れば足や手を切り落とされるなんて日常茶飯事だよ。見てごらんプレイの足を」


 リサがそう言うとシングは僕の足を凝視する。

 そんなシングを見てリサは嬉しそうに笑っている。

 そんなリサを僕が見つめていると、リサは僕に気づきさらに再びウインクする。


「本当の足みたいでしょ。ウソみたいでしょう。義足なんだよ。それで」


 リサがそう言うと、シングはリサの方を向き目を見開くと、そのままの体制で床に倒れていった。


 僕とリサは床に倒れていくシングをただ呆然と見送り、シングが床に倒れると同時に我に返る。


「シング! ごめん! 冗談だよ!」

「もうリサ! 質が悪いよ!」

「ずるい⁉ プレイだって黙って見てたのに!」

「あんな事を言うとわかっていれば僕はとめたよ!」


 リサが床に倒れたシングを抱き起すして肩をたたく。


「シング! シング! 起きて!」

「う、う~ん……リサさん?」

「シング床に倒れたけど大丈夫? どこも痛くない?」


 僕が思わずシングのそばに駆け寄るとシングは慌てて声をあげる。


「だ、大丈夫ですプレイさん。私はなんともないです! でも……」


 そう言ってシングは悲しそうな目で僕の足を見つめる。

 その目尻にはうっすら涙を浮かべるシング見て、僕はジト目でリサを見る。

 するとリサは眉を八の字にしてシングに言う。


「シングごめん。さっきのは冗談なの」

「冗談だったんですか⁉ よかった~」


 リサの言葉に先ほどシングの目尻に溜まった涙が流れ落ちる。

 シングの涙は一つ目を皮切りにポロポロとシングの目から涙こぼれ落ちていく。


「プレイさんの足が無事なら良かったです」


 笑顔でそう言ったプレイだけど、今も涙は流れ落ちている。

 僕がそっとリサに視線を向けるとリサも涙ぐんでいる。


「ごめんシング! シングがそんなに驚くとは思っていなかったの……本当にごめん」


 そう言うとリサは抱き起していたシングをそのまま抱きしめる。


「リサさん苦しいです。私は大丈夫なので離してください」


 シングにそう言われリサがシングを開放すると、シングは立ち上がる。


「プレイさんの足が無事で良かったです。さっきはプレイさんが心配で言い忘れていましたが私もクラン黄金郷エルドラドの試験に合格することができました」

「おめでとうシング! シングなら絶対に受かると思ってた!」


 僕は思わずシングに歩み寄るとシングの手を握りブンブンと振ってしまう。


「ありがとうございます……プレイさんがいなければ私はどうなっていたかわかりません……本当にありがとうございます」

「私もエルフで吟遊詩人のシングなら絶対に受かると思っていた。本当におめでとうシング!」


 リサはそう言うと僕とシングを一緒に抱きしめる。


「ありがとうございます! リサさん!」


 シングは抱きしめて来たリサを抱きしめ返す。

 僕達は三人はお互いの吉報に喜びの声を上げる。

 そして、しばらくの間お互いの吉報に祝いの言葉を言い合っていると、治療室のカーテンが荒々しくひらかれた。


「いつまでここで喜んでいるつもりですか⁉ 三人とも! ここは緊急時に人が運び込まれる所です! 体に問題が無ければ出ていきなさい!」


 そう言ったのは以前僕がスキルのペナルティーで死にかけた時に看病してくれた治療師の女性。


「すいません! 体が何ともなかった事と友達の入団報告で舞い上がってました!」


 僕は女性の言葉にハッとし、自分達がしていたことをふりかえると深々と頭を下げる。彼女は僕のスキルの検証にも来てくれていたので、僕の足がつながったのはこの女性の力が大きく働いたはず。

 彼女の言葉に僕がすぐに反応すると吊り上げていた眉をたれ下げ、治療師の女性は少し小さくした声で言う。


「まったく……そこまで理解力があるなら、ここから自分の部屋に戻ってしっかりと休みなさい」

「はい、そうします。ご迷惑をおかけしてすいません」


 僕はそう言って治療室を出ようとすると、女性が声をかけてくる。


「私達治療師は、体を治す事しかできません。だから必要以上に心配することを許してください」


 その女性の言葉は悲しさと悔しさがにじんでいた。

 僕は思わずそれがどれほどの冒険者の支えになっているかと叫ぼうとするが先を越される。


「体を治してもらえるから私達斥候は、自分達が見抜けない罠があるかもしれないダンジョンや遺跡をすすめるんです! 治す事しかできないなんて言わないでください!」


 リサの叫びにシングも後を追う。


「吟遊詩人の私はダンジョンに入る時後方にいる事が多いです。でも! 治療師の人達は前線で戦う人達が傷つけば真っ先に傷ついた方に駆け寄る人達です。私はそんな治療師の方達を尊敬します! 私の様な入ったばかりの新人が言う言葉ですが……」


 ああ、さすが二人だと思ってしまう。

 若くして前線で活躍するリサ。最前線で戦う彼女の経験が順風満帆のはずがない。さっきの言葉を聞くときっと優秀と言われる彼女でも涙で枕を濡らす事があっただろう。

 シングもそうだ。種族によってその歌声を聞き取れない者達から役立たずと言われた吟遊詩人のシング。


 他人の才能を理解することは難しい。


 でも、お互いその才能を気づくことができて、それをしっかり生かすことができれば絶対に大きな力になる。


「僕はここで治療してもらえなければ、あなたの判断で上級のポーションを使ってもらえず死んでいたと思います。僕は貴方が体を治すしかできないなんて思えません。だから、少なくとも僕が思うのは適切な判断ができて体を治せる人だと思います。そしてその判断は今までの黄金郷エルドラドを支えて来た人だと思います」


 そう言って僕は二人と治療室を出た。


 やってしまった……僕みたいな少し前までうだつの上がらない遊び人が言う言葉じゃなかった。

 僕はこっそりとリサとシングを見ると二人も青い顔をしている。


「私みたいな斥候が偉そうに言ってしまった。私達がダンジョンの先頭を歩けるのは治療師の人達がいるからなのに……気を悪くしてしまったどうしよう……」


 僕はリサを見たあとシングの方を向く。


「私なんて今日入団試験に受かった新米なのに何を偉そうなことを……」


 二人の言葉に嬉しくなり思わず涙が流れそうになる。

 二人はきちんと自分達以外の職業の人達にも敬意を持っている。


 それは僕みたいな遊び人にも優しい声をかけてくれた二人だから余計に嬉しくなる。


「もし、二人が大怪我をしたら僕がなんとしても二人を治してもらう!」


 拳を握りながらそう言うと、二人は目をキラキラとさせて言う。


「私も! もしプレイやシングが大怪我をしたら私が何としても二人を治してもらう」

「私もです! プレイさんやリサさんが大怪我をしたら何としてもお二人を治してもらいます!」


 僕が二人の言葉に感極まっているとリサが叫ぶ。


「じゃあ、今から二人の祝勝会だね! シングが宿をとっているいつもの酒場にいこう!」

「「えっ⁉」」


 僕とシングは思わず声を上げる。目を皿の様にした僕とシングを見てリサが言う。


「三日間も安静にしていいんだろう? 本来そんな休みはもらえないよプレイ」


 リサの言葉に驚いて僕が声が出ない事を良いことにリサは続ける。


「いいかいプレイダンジョンに入れば、腕や足を切り飛ばされる事は珍しくないと言ったよね?」

「う、うん」

「でも、腕や足を切り飛ばされても安静にするのはせいぜい半日や一日だったりするんだよ」

「そ、そうなんですか⁉」

「うん! そうだよ冒険者はそんなに甘くない!」


 リサの話に僕とシングは驚きの連続でリサの言葉への返事しかできなかった。

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