第9話
「泊る所がなければうちの宿に泊まれば良い……」
そう言ってくれたのは酒場のマスター。
マスターは普段厄介ごとに関しては、かかわりを持たない様にしている……だけど、みんなはマスターが非常に涙もろい事をも知っている。
今も何気なく言ってはいるがその目尻には涙を拭いた跡がある。
「なら、今頂いたお金で支払いを!」
そう言ったシングにマスターが言う。
「これからうちの酒場で歌を歌ってくれれば、その日の宿代はいらない」
酒場で歌を歌う人達はその酒場に泊まれるところがあれば、歌う事を宿代の代わりに宿に泊まる事があるけど、それは何回もその酒場で歌を歌って人気が出ればの話しで、いきなり歌を歌った酒場でそれを宿代の代わりと言って泊めてもらえることなんてまずない。
マスターの言葉に驚いたシングは目を丸くするが、すぐにマスターの思いに気づくと涙目ながら笑顔になり返事をする。
「よろしくお願いします」
そう言って深く頭を下げる。
「気にするなさっきの歌で実力はわかった。
マスターは恥かしいのかぶっきらぼうにそう言うと、僕達に背中を向けて洗い物の続きをはじめる。
「よかったねシング。これで宿の心配がなくなったね」
そう言ってシングの肩を叩きリサがサムズアップする。
「よかったなシングこれで野宿をしなくて大丈夫だ」
「マスターがこんなことを言うのは珍しいから、きっと歌の実力をわかってくれたのよ!」
「マスターがシングに毎日歌って欲しいと言うのもわかるくらいシングの歌はよかった」
他のクランの仲間も口々にシングの宿が決まった事に祝いの言葉を贈るとクランに帰っていく。
「クランの入団試験は毎日しているから、私が明日の朝いちばんに紹介しておくね」
みんながクランに帰る中、後に残ったリサはシングにそういうと嬉しそうに笑う。
「はい! よろしくお願いします」
「じゃあプレイもそろそろクランに帰ろうか」
「うん。シングお休み」
リサに言われ僕がシングに挨拶をして帰ろうとすると、ふいにシングが僕の方に歩いてくる。
「本当に、本当にありがとうございます」
「「⁉」」
シングはそう言って僕を抱きしめる。
まさかシングがそんな事をするとは思わず僕もリサもシングに僕が抱きしめられるまで反応ができなかった。
僕が助けを求める様にリサの方を見ると、リサは頬をふくらまし眉を吊り上げていた。
しばらくそのままの体勢でいるとリサが僕とシングを引き離す。
「はいはい。シングも嬉しいのはわかるけどプレイだって男の子なんだから勘違いするからはなれてね」
そういってリサに引きはがされたシングは、椅子に座ると僕を見上げ少し潤んだ目で言う。
「それは勘違いじゃないです。私の事を女性と知らずに私の事を思って行動してくれたプレイさんはとても素敵です……」
そこまで言ったシングは、そのまま俯いてだまりこむ。
「シング?」
僕がそう言うも返事がなく、リサがシングに近づき顔を覗き込むと……。
「ねちゃってるね」
リサは苦笑いをしてそう言うとシングを軽々抱きかかえマスターに声をかける。
「マスター。リサがとまる部屋はどこ?」
するとマスターは女将さんに視線を送り、女将さんがリサを案内して2階に上がっていく。
「プレイ、彼女の歌はレベルが高い。もし、クランの入団試験に落ちても……」
「はい、その時は彼女をここで雇ってあげてください」
僕がそう言ってマスターの顔を見るとマスターは無言で頷いてくれた。
リサが戻って来るまで座っていようとイスに腰かけるとマスターが飲み物を出してくれる。
「マスターもうお酒は……」
「明日は何やら重要な検証をするようだから酒じゃない、酔い覚ましに飲んでいけ」
「ならお代を……」
「いらん。そんな気づかいをするなら、次は一人で来ても楽しそうに酒を飲め」
昨日、一人で来た時つまらなそうにしていた事を気づかれていたんだ……。
気を使わせちゃったな……なら。
「はい、次は一人で来ても楽しめる様に頑張ります」
「一人で酒を飲みに来て楽しめる様に頑張るか……クソ真面目な遊び人だな」
マスターはそう言うと僕の頭を掴み、髪がくしゃくしゃになる様になでてくる。
「もう、マスター僕は子供じゃないですよ」
僕の言葉にマスターはきょとんとして目を丸くして、そのあと大笑いをはじめる。
「がはははは! そうだなプレイは成人しているんだった。すまん! すまん!」
「そうですよ、もう! 僕だってクランで仕事もしているんですから!」
僕とマスターがそんな話をしていると、階段を下りて来たリサが声をかけてくる。
「プレイそろそろ私達もクランに帰ろうね」
「うん、明日もあるし帰ろう。マスターご馳走様です。それとシングの件ありがとうございます」
「シングの件は俺が本気で勧誘したんだ。礼を言うのはこっちの方だよくうちの店に連れて来てくれた」
マスターはそう言うと女将さんが注文をうけた料理をつくりはじめる。
僕とリサはマスターに向かって頭を下げるとそのまま酒場をでる。
二人でクランに向かってい歩いているとリサが話しはじめる。
「プレイはすごいね。休みを貰ったらあんな有望な新人を連れてくるんだもん」
「た、たまたまだよ。僕はシングが女の子って気づかなかったんだよ?」
「そうそう、そのシングだけどベッドに寝かしたら寝言を言っててね。プレイにずっとありがとうって言ってたよ」
「そうなんだ……」
思わず照れくさくなってそっけない返事をしたけど、シングが酷い事にならなくてよかったとそう思った矢先にリサが言う。
「前のクランの人達に酷い事をされなくてよかった」
自分の考えを読まれたようで僕が思わずリサの方を見るとリサがニヤニヤと笑っていた。
「そっけなく言ったけど、そう思っていたでしょう。プレイは優しいよね」
「そうかな……」
そういって照れ隠しにリサから視線をそらすと、僕は身動きができなくなる。
それは、僕が視線をそらした先の路地の奥に先日のあの目があった。
その目は先日と同様に酷く血走った目で僕を見ていたが先日の様に増悪を感じる事はなかった。
それでも僕の体は恐怖でうごかない。
「シング? どうしたの? ⁉」
僕が動かなくなったことに気づいたリサが僕の視線の先を見て目に気づく。
僕とは違いリサはすぐに短剣を抜いて構えをとり叫ぶ。
「あなたは誰? どうしてそんな目で私達を見るの⁉」
「……」
目の主が何も言わないまま一歩前に踏み出す。
「近づかないで!」
リサの声が届いていないのか目の主はさらに一歩足を進める。
(リサと鬼ごっこを開始します)
僕は思わずリサを鬼ごっこの対象にして、身体能力を上昇させリサの前に出る。
「⁉ お前もか……」
そう言うと目の主は、路地の奥に後ずさりしていき姿を消した。
僕とリサはそのまま路地を警戒し続けたが目の主が再び姿をあらわす事はなかった。
僕はリサの肩に手を置いて話しかける。
「リサ。とにかくクランに帰ろう」
「う、うん」
僕とリサはそのまま辺りを警戒しながらクランに帰った。
クランの建物の中に入ると、僕もリサもその場で崩れ落ちる様に跪く。
「リサ。クランの中なら大丈夫だよね」
僕がそういった瞬間にリサが立ち上がり、僕のまわりをグルグルとまわり声を上げる。
「プレイどこもケガしてない⁉ 大丈夫⁉」
「リ、リサの方こそ大丈夫?」
「私は、大丈夫だけど……あんな殺気魔物からも受けたことがなかった」
「だよね僕も二回目だけどはじめうごけなかったよ」
「二回目⁉ プレイはさっきの人と以前にあったの⁉ よく生きていたね。きっとあの人は私達二人を簡単に殺せるくらい強かったよ」
「そんなに⁉」
「うん。一回目の話を聞きたいけど、明日の事もあるからそれは明日にしよう。プレイも早く寝て疲れをとって明日の検証に備えてね」
「うん。じゃあ話は明日にしよう。お休みリサ」
そう言うと僕とリサはそれぞれ部屋に向かう。
僕は、部屋に入ると汗を流して、ベッドに入ると眠りについた。
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