第三十七話 脱出できるかな?


お貴族様ご一行をぞろぞろ連れて、エルメンヒルデは地下牢を出た。管理室にあった皆の持ち物は、数人の武具だけ素早く持ち出し、装飾品や金品は諦めさせた。


先頭をエルメンヒルデとヴィリ。次いで王とハルトヴィヒが行き、貴族が18人続いて、最後尾から妖精王が黒妖精の靄から皆を守るようにしている。



途中までは順調だった。



西にある地下牢を出て宮殿沿いを戻り北側の部屋に窓から入り込む。

窓のところはバルコニーになっていて、跨がなくてはならなかった。エルメンヒルデは動きやすい服なのでよかったが、救出したものの中にはドレスの女性もいた。何人かは男性の手を借りてそこを通過したが、やはり、文句を言うものが出てきたのだ。



「ちょっと! 触らないでちょうだい!」


「いやしかし、おひとりで越えられるのか?」


「無理に決まっているでしょう。こんなところ通るなんて……聞いていませんわ」



どこにでもいる、状況を把握せずに矜持ばかりをひけらかす貴族だ。始末に負えない。声を出さないことが脱出の絶対条件だと王から伝えられたはずなのに、騒ぎだす女。

妖精王は仕方なく一帯の音声遮断を始めた。


皆が呆れる中、エルメンヒルデはなんとか収めようとする。



「リュッヘル家のマーナ夫人ですわね。申し訳ないですが、声を出されては困ります」


「あなたね、侯爵家のご令嬢かもしれないけれど、私は伯爵夫人ですよ? 弁えなさい」



弁えたところで、エルメンヒルデは侯爵家令嬢であり王子の婚約者だ。年齢以外で伯爵夫人が上であるところはないのだが、なぜか上から目線である。弁えるのはどっちだよ……と、めんどくさい貴族は嫌いなヴィリは思った。



「申し訳ございません。ですが、安全な場所に出るまでは我慢してくださいませ」


「安全な場所って、どこなのよ。そもそもなぜ私が捕われなければならないの!」



そのようなことを今言い合っている猶予はない。エルメンヒルデは深く息を吐き出すと、騒いでいる夫人をじっと見つめ、しばらくの沈黙ののち口を開いた。



「黙りなさい」


「なっ!」


「王の御前です。私たちは皆、王に使える臣下でしょう? まずは陛下とハルトヴィヒ様を安全な場所にお連れすることが最優先です。弁えなければいけないのはあなたですマーナ・リュッヘル夫人。おとなしく従いなさい」



エルメンヒルデが覇気を纏って一喝すると、夫人は納得いかないような苦い顔をしているがおとなしくなった。


これで、ここを出るまでなんとかなればいいけど……と、歩き出したエルメンヒルデは小さくため息をついた。




全員が王宮内に入り、廊下を進む。階段を上り2階の踊り場に出ると、人影があった。


まずい、と思ったが、妖精王のおかげか向こうからはわからないようだった。



「ああー、いない……どこにも、いないなぁ?」



何かを探しているその人物は、第一王子ジークムントだった。いつもはだいたい王子宮にいるのに、なぜ王宮にいるのか。



「っジークムントさま!」


「んんんー?」



牢から連れ出してきた貴族の中の、ひとりの令嬢が声を上げた。

詳しく事情がわかっていないのだ。第一王子が黒妖精を呼び覚ました王妃と共にその恩恵に与っているとは思ってもいない。


ジークムントは、ゆっくりと階段のほうを向いた。



「誰だったか、ご令嬢」


「私ですっ! ナルツァー伯爵家のダイアですっ!」



ダイアはジークムントに駆け寄った。妖精王が加護の力を使っている範囲を出たことで、姿も見えてしまっている。



「そうか、ダイア嬢。こんなところでどうした?」


「私、怖くてっ……逃げてきたのですが、」


「そういえば、いま急に姿が見えたなぁ?」


「ええ。妖精の加護だとかいう……」


「妖精……?」



令嬢が現れたほうにある階段に、じろりと目を向けるジークムント。ダイア以外のものは、まだ認知されていない。一緒にいた父親であるナルツァー伯爵は、状況をきちんと把握しているので、娘を助けに飛び出したいという思いを抱きながらもなんとか堪えている。



「妖精かぁ、妖精ねえ。そうか、来ているのかな?」


「えっ?」


「出てきなよー、エルメンヒルデぇぇ」



妖精というワードですぐに思い至るジークムント。王の病が毒のせいだったことも、それを治したのが遠方の薬などではなく、深淵の森からエルメンヒルデが連れ帰った妖精王の力であることも聞かされていたのだ。



「ああ、そんな簡単にはお目にかかれないかな? じゃあ、ダイア嬢には少し踊ってもらおうか」


「っ?!」



黒妖精から借りている靄が、ジークムントから吹き出しそれが触手のように蠢く。



「きゃあぁぁっ!!」


「ふははは! すぐに出てこないと彼女がどうなっても知らないよ?」



靄が令嬢に巻きつき、体を持ち上げた。


驚いて叫ぶ令嬢。


たまらず飛び出す父親であるナルツァー伯爵。



伯爵にも、靄が襲いかかる。



見ていられない、とエルメンヒルデも飛び出した。



「第一王子殿下っ!」


「ああ、やっぱりいたね」



ジークムントの靄がエルメンヒルデ目掛けて一斉に襲いかかる。



「っ!」


「っと!」



ハルトヴィヒが剣を抜いて飛び出し、それを受け流した。次いで、ヴィリの短刀が靄を何本か切り落とす。さらにほかの靄は、エルメンヒルデに到達する前に妖精王が張った結界が弾く。最重要守護対象であるエルメンヒルデがジークムントの前に飛び出したことで、気配を消す意味なし、と妖精王は加護を解いた。



「またおまえらかあぁぁ!」



幾度となく自分の前に立ちはだかる護衛と、自分がいくら望んでも手に入らないエルメンヒルデの婚約者の座に座る第二王子。ジークムントは、この2人が特に憎くて仕方なかった。



「止めよ、ジークムント。」


「ち、ちうえ?」




エルメンヒルデの後ろから、王がジークムントに声をかけた。





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