第三十六話 助けにいこう。
王宮への抜け道は、側妃が知っていた。
自身も抜け出すときに使った道だ。王の私室のすぐそばに繋がっている。
エルメンヒルデは、妖精王とヴィリを連れてその道を進んでいた。
なぜこの面子になったかというと、まず妖精王がエルメンヒルデにしか加護を使わないと言うからだ。
「疲れるんだ」
「そ、そうですか……」
「妖精王殿に無理を強いるわけにはいかない。そもそも、人が指示できる立場ではないしな」
たとえ対抗できる力を持っているとしても、妖精王は人間とはまったく別のところに存在するものなのだ。ただただエルメンヒルデの美しさを気に入って、それを見守るため行動を共にしているだけ。
シュティルナー侯爵とフロイデンタール公爵は、国を動かす者として、妖精王に頼ることはできなかった。
「では私が行きましょう」
「そういう話ではない、エルメンヒルデ。我々で救出隊を編成するから……」
「ですが……ユストゥス様は私なら守ってくださると仰っています」
「だからといってお前を王宮にやるわけにはいかないだろう! 護衛の兵たちで――」
「それでは確実に潜入して脱出できるとは限りません! ユストゥス様のお力をお借りするべきですわ!」
「落ち着きなさいエルメンヒルデ。そのように言葉を荒げてはいけません」
軽く親子喧嘩が始まりかけたところで、フィーネ夫人が止めに入った。
エルメンヒルデは、一刻も早くハルトヴィヒを助け出したいと、柄にもなく
「エルメンヒルデは守る」
「ユストゥス、せめてあとひとり……私も連れて行ってくれないか」
「オスヴァルト!」
「父上、口論している時間はありません。頼れるものがあるなら頼るべきです」
「だがお前は――」
「私なら多少の剣は使えます。エルメンヒルデひとり行かせるより安心でしょう」
確実に連れ帰るならば、妖精王の力に頼る方がいいことはわかる。しかし、そのためにはエルメンヒルデを危ない目に合わせなければならないなどと、親として許せないことだった。シュティルナー侯爵は悩む。
「まーまーここは、次期侯爵が出る幕じゃないですよ」
「ヴィリ」
「お嬢を守るのは、俺らの仕事なんで」
「ほう?」
「なーユストゥス、俺を連れて行ってくれないか?」
「まあ、ヴィリならいいよ。でもひとりにしてね」
「っし! じゃあ、そういうことでOK?」
「あ、ええ。そうね。ではヴィリ、お願いするわ」
「へーい」
・
・
・
と、そんな感じで決まったのだった。最後までシュティルナー侯爵は反対していた。しかし、人の護衛にしか慣れていない兵や次期当主を背負うものが行くより、エルメンヒルデと連携が取れて隠密的な能力に秀でているヴィリのほうがいいと、第三者であるフロイデンタール公爵と宰相であるマーベル侯爵が良しとしたのでこの編成で決行されることになった。娘を危険に晒すのは躊躇われるが、時間もあまりないことからシュティルナー侯爵も首を縦に振らざるを得なかった。
王宮への抜け道を出ると、城の地下に位置する部屋に着いた。そこから階段を上れば、王の私室に近い隠し部屋だ。
「この辺りは王宮の北側ね。貴人用の地下牢は西だけど……エントランスを通るのは避けたいわ」
「外、まわります?」
「そうね……ユストゥス様、今は見えない状態なのですよね?」
「そう。私が姿を消してるときと同じで、エルメンヒルデとヴィリも消えてるよ」
「では、最短距離で行きましょう」
エルメンヒルデたちは、1階に下りて北側の部屋の窓から外に出た。宮殿沿いに西側に移動するが、まるで人気がなかった。
そのまま、独立した地下牢の入り口にたどり着き、様子を見るが誰もいない。扉を開けて、慎重に階段を降りた。
「見張りも置かないなんて、それだけ力に自信があるのかね」
「靄のあるところすべてに目があるようなものだからね。意識して見ていなければ気づかないだろうけど」
「ユストゥスはそういうのないのか?」
「んー、一気に広範囲は見れないけど、一点を見る遠見ならできるよ」
「へー、さすが妖精王」
「まあね」
ヴィリが妖精王に対して気安いのではないかというのは今更なので置いておいて、地下に下りて管理室に差し掛かったところで、牢の様子を見てほしいとエルメンヒルデが言うから見ることにした妖精王。グッと眉間に力を入れて見たところ、なかなかの人数を見つけてしまった。
「うーん、たくさんいるね」
「王宮に勤めている人たちかしら……?」
「それはわからないけど」
「どうしましょう。みんなを連れて出るのは、無理かしら?」
「むりだよエルメンヒルデ」
「そりゃ無理でしょうよ、お嬢」
今は2人なので、原理は不明だが、妖精王に一緒に消えさせてもらっている。しかしこれが10人20人はさすがにお願いできない。疲れる、と言っていたので不可能ではないのかもしれないが。
「でも陛下とハルトヴィヒ様をお連れして……あとの人を見捨てるようなことできないわ」
「いやお嬢、無理だって」
「やだ。やらないよ」
「……っ」
見つめている。
ものすごく、妖精王を見つめているエルメンヒルデ。
瞳には涙が薄く浮かび、うるうると光っている。
ヴィリは知っていた。
エルメンヒルデが涙を操作できることを。
まあそれを知っていても、そうされるたび彼女に甘い自分はついついお願いを聞いてしまうのだったが、妖精王も例外ではなかったらしい。
「わ、わかった」
「ユストゥス様っ!」
「っ! うん。いいよ、わかった。なんとかするよ」
抱きつかれて顔を赤くする妖精王は、なんだか可愛らしかった。
「ただし、条件がある」
「はい、なんでもおっしゃってくださいなっ」
「……」
満面の笑顔でなんでも、なんて言うものだから、妖精王といえど少しも邪な気持ちが湧かなかったと言ったら嘘になる。
ひとつ咳払いをして、気持ちを仕切り直した。
「条件は、絶対声を出さないことと、極力音を立てないこと。音消すほうが大変なんだよ」
「わかりましたわ。皆さんにお願いします」
数秒だけ、ここ全体を黒妖精の能力から切り離すという妖精王。そのうちに話を終えるよう言った。もしその間に黒妖精の意識がこちらに向くことがあれば、感知できない空間がある、とばれる危険があるから急ぐように、と。
救出後は声を出さず、なるべく皆が近い位置で移動し、来た道をそのまま通って戻るということでまとまった。
ヴィリは、たくさんいるという人数がどれくらいかまではわかっていないが、声を出さないなんていう条件は、どう考えても無理だと思った。全員救出なんて納得いかないが、エルメンヒルデがそう言うならその通りになるようにするのが仕事だ、と覚悟を決める。
牢には、王とハルトヴィヒ、そして数人の貴族が閉じ込められていた。
「エルメンヒルデ!」
「ハルトヴィヒ様……っ、よかった。ご無事でっ」
王とハルトヴィヒは通路の正面にある牢屋にいたので、エルメンヒルデとヴィリが来たことにすぐ気づいた。通路脇に並ぶ牢にいる貴族たちも、その存在に気づいていく。
少し見つめ合ったエルメンヒルデとハルトヴィヒだが、再会できたことを喜んでいる暇はなかった。
エルメンヒルデは、気持ちを切り替えて王に話し始める。
「陛下、ハルトヴィヒ様、ご無事で何よりです」
「ああ、エルメンヒルデ。其方が助けに……来てくれたのか?」
「妖精王のご加護です。時間がありません。言う通りにしていただけますか?」
エルメンヒルデがここを脱出する方法を素早く説明すると、ヴィリがまず王たちがいる牢の鍵を開ける。
そして王が、ざわめいている皆に聞こえるよう、妖精王の存在と、脱出方法を説明する。すると皆がそれに納得し、同意したので、ヴィリが牢の鍵を開けていく。
捕まっていた貴族は18人。皆、議会で重要な席にあったり領地が栄えていたりする有力貴族だ。中には重々しく正装した女性たちもいる。
この面子で無事に脱出するなんてことができるのだろうか、と不安になるヴィリだった。
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