第三十四話 再会と現状と
シュトール商会本部の建物から出ると、町中は薄く靄がかっているようだった。
誰もいない町中の道をそっと進むエルメンヒルデたち。貴族街は王都の北側に位置する。
貴族街の中でも、一等地に立つフロイデンタール公爵家。門の前までやってきた。
煌びやかな装飾が、今はとても鬱鬱として見える。
どうやって中の様子を探ろうかと思案していたところ、屋敷の方から誰かやってきた。
「エルメンヒルデ!」
「っ?! お、にい様……?」
オスヴァルト・シュティルナー侯爵令息。エルメンヒルデの兄であり次期侯爵だ。
「戻ったんだな。無事でよかった」
「お兄様もっ……!」
「今、ユストゥスが来てお前たちの来訪を教えてくれた」
「まあ、いつの間に!」
姿を消してずっとエルメンヒルデについてきている妖精王は、屋敷の中に人の気配を感じて見に行っていた。
それが、エルメンヒルデの家族だとわかると、姿を現しエルメンヒルデの帰還を告げたのだ。
「どうやって入ろうかと思っていましたわ。ありがとうございます、ユストゥス様」
「いいよ」
「話は中で。ついておいで」
オスヴァルトに続いて、皆でフロイデンタール家の屋敷に入っていった。
屋敷の中は、人が居るとわからないようにしているのか灯りがついていなかった。
薄暗い中進み、地下へ案内される。
地下はどうやら灯りがあるようで、ホッとするエルメンヒルデだった。
「お父様、お母様っ!」
「ああ、よかったわエルメンヒルデ。無事なのね」
シュティルナー家の面々は皆無事を確認することができた。話を聞くと、屋敷で働いていてくれた使用人たちは、それぞれ家に帰っているようだ。王都に家がないものたちは数人、侯爵家族とともにここに来ている。
ここに居るのは、シュティルナー家の4人、フロイデンタール公爵家一同、そして宰相であるマーベル侯爵と侯爵夫人。それと数人の使用人と護衛たちだった。
側妃ガブリエレは、王妃が王と息子である第二王子ハルトヴィヒを襲ったのを見てしまった。そのとき、すぐに行動したため王宮を抜け出すことができ、実家であるフロイデンタール公爵家に助けを求めたのだ。
いち早く異常を知ったフロイデンタール公爵は、何が起こるかわからないので地下シェルターに物資を運び、また国にとって最重要人物である宰相マーベル侯爵と王の側近のシュティルナー侯爵を呼び寄せた。
「ガブリエレの話では、王妃は異常なものに取り憑かれているようだった、と」
「たぶん、黒妖精だね」
「ユストゥス様、ご存じなのですか?」
「うん。町中の靄を見る限り、間違いないと思う」
黒妖精。
黒妖精は人間に害なすものとして何度も封印され、封印を解かれを繰り返してきた。
一番近い歴史で黒妖精が世に出たのは千年以上前。当時のハイディルベルクの王によって封印され、その後王家でそれを守ってきた。
「妖精王殿。その封印が解かれたと?」
妖精王の存在を、シュティルナー侯爵とフィーネ夫人から聞いてはいたものの、その存在を実際に見るととても驚いたフロイデンタール公爵。先ほど妖精王がエルメンヒルデの来訪を告げた時に、挨拶は終えていた。
「そうだね。王妃から黒い靄が出ていたなら、王妃が解いたのだろうね」
さすがに人外の力が働いては、王もハルトヴィヒもなす術がなかったのだろうと皆が憶測する。
側妃ガブリエレの話では、王も王子も殺さないと言っていたという。まだ、猶予はあるようだ。
「殺さない、なら閉じ込めておくということだろうな」
「ああ。おそらく、王たちは地下牢にいるだろう」
フロイデンタール公爵が言うと、シュティルナー侯爵は場所にあたりをつけた。
地下牢ーー。
王宮の西にある地下牢は貴人用の牢だ。
ハルトヴィヒもそこにいるのだろうか。
エルメンヒルデは、婚約者の無事を祈った。
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閉鎖された王宮では、唯一出入りさせている商会に持ってこさせた贅沢品をそこら中に並べ、王妃がうっとりと眺めている。
「王妃になれば贅沢できると思っていたのに、毎月使える金額が決まってるうえにそこから慈善事業もしなきゃならないなんて。話が違うわよね」
「おっしゃる通りでございます」
「でももうエグモントも、ハルトヴィヒも、文句を言えないの。地下に閉じ込めているから。ジークムントが王になるのよぉ。でもまだ、使い道があるのよ。だからこ、ここ、ころ、殺さないわぁ」
「いや、なんと慈悲深い。まるで聖女のようです」
「ああ、でもいいわ。もういくらでも贅沢ができるの。ふふっ」
「こちらのドレスも、王妃様にお似合いになるかと」
「あらぁ、わかってるわね! すてきよぉぉ」
どこか様子がおかしいのはわかっていても、言う通りにするしかない商人。逆らってしまった臣下たちが、そこら辺に転がっているのだ。震え上がりながらもご機嫌を損ねないよう商品を並べていく。
「上質な肉や野菜も、厨房へ届けておきました」
「夕食が楽しみだわぁ」
王妃は買い物に明け暮れ、諌めるものはすべて黒い靄にやられていた。と、言っても王妃が操る靄にはそれほどの力はなく、皆死んでいるわけではないようだった。転がっているだけの人間にはもはや興味がない王妃。とどめを刺すことはしないようだが……手当てが遅れたら、命を落とすものも出てくるだろう。
一方ジークムントは、王宮内にいた侍女を片っ端から部屋に集めていた。
王妃に力を貸している黒妖精から、自身も少しだけ力を借りられたので、それをいいように使っていた。
「お前も脱げよ」
「っ……!」
「これに脱がされたいか?」
ジークムントが前にいる侍女に、黒い靄を掲げて見せる。
侍女は震えて声も出ないし動けない様子だ。
無理もない。何人もの女が、裸でそこら中に転がされていて、その体に黒い靄が蔓延っている。
中には、婚約者であるイゾルデ・グビッシュ侯爵令嬢もいた。
事態が動いてからすぐにジークムントの元を訪れていたのか、すでに意識がなくなるくらいなされたあとのようだ。
「大丈夫だ。皆気持ちよくて仕方がないだけだ。立っていられないほどの快感を与えているんだ」
「……」
「そうだ。お前はなかなか美人だからな。私が直接良くしてやろう」
「ひっ……!」
近づくジークムントに恐怖で後ずさる侍女だったが、後ろは壁。すぐに捕まってしまった。
「諦めろ」
「っ……!!」
侍女は、涙を流しながらジークムントに身を委ねた。
王宮は、王都は、黒妖精の靄が見張っている。
王妃は、ジークムントの即位を願った。
反対派を全部始末すれば話は早いが、それではこのあとの国が成り立たなくなってしまうと思い、誰彼構わず殺したりはしていなかった。
しかし
黒妖精の目的は
人間の虐殺。
ジークムントが王になったあとの世界など、
ないのだ。
「緑の妖精王が人についているとはな」
玉座に座り静かに目を閉じている黒妖精。
王都内に妖精王の気配を感じて目を開けた。
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