第二十二話 奇跡


村の奥の森の中にある洞窟。


そこに、ヘルシン症発症後に重篤化した村人たちが閉じ込められている。


エルメンヒルデたちは、早朝に村長宅を出発し、森の中で妖精を連れた妖精王と合流した。



「ユストゥス様」


「ああ、エルメンヒルデ。この子たちも力を貸してくれるって」


「まあ、可愛らしい妖精さん。お会いできて嬉しいわ。よろしくお願いしますね」


「うん、よろしくー」


「よろしく! 美しいおねえさん!」


「よろしく人間」



キラキラした妖精たちがエルメンヒルデの周りを飛び回る。どうやら妖精たちにも気に入られたようだ。



一同がやってくると、洞窟の入り口には格子状の扉がつけられていた。簡易的な南京錠がかけてあるが、グレータがレイピアでひと突きしたら壊れたので、騎士2人と筋肉ディルクとヴィリが中の様子を見に行った。



「こんな簡単な構造の鍵しかついてないのに、脱走者とかいなかったのかな」


「動けない、重症な人しかいないということかしら」



ハイノが疑問を口にするとエルメンヒルデが答えた。確かに動けない患者ばかりだとしたら扉も、鍵すらも必要ないかもしれない。


中に入ったヴィリたちの報告を待っていると、後ろの茂みでガサッと音がした。



「姫様、下がって」


「何やつ!」



ハイノがエルメンヒルデを庇うように魔道銃を構える。その前にグレータが立ち、イーナも後方からすぐに魔法を打てるよう準備した。


小隊長が声をかけると、茂みから2人の男が姿を現した。



「な、なんだよお前ら」


「アーヘン村のものか?」


「そう、だよ」


「我らは王都より今回の疫病を治めるため派遣されたものだ」


「王都から?」


「あなたたちはここに何しにいらしたの?」


「お、俺は……あっ! 鍵、壊しやがったのか?!」


「ほんとだ! 開いてやがる!」



エルメンヒルデたちの奥に見える洞窟の入り口の扉が開いていることに気づいた男たちは、慌て出した。



「なんてことを! これ以上病が広まったらどうすんだ! まずい……オグルドさんに知らせないと……!」


「オグルドさん?」


「俺は知らせに行ってくる!」


「あっ、おい!」



独り言を呟いたあと、ひとりの男は村の方へ向かって走っていってしまった。



「隊長、追いますか?」


「そうだな、捕らえなくていい。居場所を把握しておいてくれ」


「了解」



そういうと、第五の騎士が2人追いかけて行った。

この場に残ったのはエルメンヒルデ、グレータ、イーナ、ハイノ、小隊長とデューレン辺境伯一同、それに茂みから現れた2人の男のうちのひとり。



「何だってんだよ……!」


「お前は――」



いったい何をしに来たのかと訊ねようとすると、洞窟からヴィリとディルクが出てきた。



「お嬢、中めっちゃ広いです」


「ヴィリ」



2人が言うには、洞窟内はとても広く、しばらく進んだ先に居住スペースがあるとのこと。

しかしそこにいる村人は全員が重篤化してほぼ動けないし、何人かはすでに……という有り様だそうだ。



「病なら浄化できるから、とりあえず中に入ろうか」


「はい、ユストゥス様」


「なんだ! どっから現れやがった!!」



姿を消していた妖精王の突然の出現に驚く男だったが、エルメンヒルデたちはそれを無視して洞窟の中に入っていく。



「長いわね」


「それに冷えるだろ? 筋肉にはたまらないぜ……」


「筋肉、外で見張りでもいいよ。筋トレして待ってたら?」


「そうか? じゃあ任せたわ」



ヴィリに言われてあっさり引き返していくディルクだった。



「ここ、曲がったとこ」


「あら、すごい……!」



開けた場所に出た一行。ドーム型に広い空間があり、見事な鍾乳石が博物館のように並んでいる。

それを見て感動する面々だったが、中に残っていた騎士たちに呼ばれてそちらへ顔を向けた。



「さらに奥に、部屋のようになっている場所が10あります」


「2人~5人ずつ入っていて、生きているのは全部で34人です」


「かろうじて意識がある程度で、会話までは……」



デューレン辺境伯と医師たちがすぐに奥に向かった。



「すぐに用意を」



現状を聞いた妖精王は、妖精たちに合図し奥へ進む。妖精たちはそこにある湖の水を確かめると、魔法で丸い球にして浮かび上がらせ、それを持って妖精王に続いていく。


奥に進むと円状の空間があり、その周りに個室と言えるような部屋が配置されている。

医師たちは、患者を診ていたが、どの村人も重篤化していて薬草が効くような状態ではないと言う。



「私の光と妖精たちの水で浄化する」



そして妖精王の指示で、個室のすべての扉を開け放った。


妖精王は、すべての患者が見えるよう中央に立ち、その周りに水を持った妖精たちが舞う。


妖精王が両手を広げると、体の前に緑色の眩い光が出現する。


周りを飛ぶ妖精の持つ水の球から、細い糸状になった水が出て光に吸い込まれていく。


緑と青が混ざり合った光がわかれて10の部屋に飛んでいくと、患者の上で弾けた。



すると、光が病を消し去り、水が患者を癒した。



「そんな……俺は奇跡を見ているのか」


「奇跡、ええ。奇跡ですわ」


「すごいな……」



後からきた村の男に続いて、エルメンヒルデとバルトロメウスもポツリと漏らした。



しっかりと意識を回復した患者の体を医師が確認していくと、病によって体力は低下しているようだが症状として出る末期の濃い発疹は無くなっていた。



「治った……。治っているよ!」


「ほんとうですね! すごい!」


「皆さん体に違和感はありますか?」



村人たちも自身の体を確かめ、発疹が消えているのに驚いた。そして皆が、ヘルシン症が治ったのだ、と喜んだ。



「なあ、あんたら!」



男がエルメンヒルデたちに声をかける。



「頼む。オグルドさんも治してくれよ!」


「オグルドさん?」


「ここ以外にも重症者がいるのか?」



エルメンヒルデとバルトロメウスが男に向いて答えると、なんとオグルドというアーヘン村の中にいる男がヘルシン症の重症者だという。



「皆がここに集められたわけではないのか?」


「いや、オグルドさんは……」



バルトロメウスが訊ねると、男は言い淀む。



「そいつらが、俺たちをここに押し込んだんだ」


「発疹が色濃く出たやつと、その家族を閉じ込めた……!」



まだふらつく足のまま、村人の何人かが個室から出てきていた。

聞くと、村にいるオグルドという重症者は、発症した村人を率先して隔離させていたアーヘンの実力者だとのこと。


この男はその手先で、洞窟から脱走者がいないか確認していたのだという。



「家族が重症者だからって、病にかかっていないのにここに入れられちまって……それで死んじまったやつもいるんだ……」


「そいつらがしたことは……っ! 許せねえ!」



まだ力の入らない体で、ふらつきながら男に飛びかかる村人。それは当然避けられてしまったが、話を聞く必要がある、と騎士が男を拘束した。





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