第二十一話 アーヘン村


アーヘン村は、隣国との国境に近い村だが、出入国管理局があるわけではないので直接越境出来る村ではなかった。

言うなれば、ハイディルベルク王国デューレン辺境伯領地の端っこ、どん詰まりの村だ。

バルトロメウスは、無理矢理デンシュルク側から大河を越え森林を通ってやってきたが、そちら側には道がないので本来人の行き来はあり得ない。行き来がないということは、人から人へ感染する病気も移動しないというわけで、バルトロメウスの言う通り、アーヘンを完全に封鎖出来れば病は漏れ出てこないだろう。


そのためには、まだ感染していない人も、菌を持っているかいないかわからないので閉じ込めることになるので当然反発が出る。この手を使う場合、完全に武力で制することになるのが常だ。


しかし今回は、完全に病を防げる妖精王がついているので、エルメンヒルデたちは行き来できることになり、物資の輸送も可能だ。安全に対応できるというわけだ。



「しかし、完全に病にかからないなど医者としてこれ以上のことはないな」


「そうですねぇ。あ、この石……めっちゃ高値で売れるんじゃないですか?!」



医者と看護師が俗物的な話をし始めたが、しかしだから効果は5日間なのだ。妖精王の力は、人間社会に悪影響を及ぼす場合もあるのでなるべく悪用できないようにユストゥスもきちんと考えていた。



「見えてきました。村の入り口です」



先頭に立つ騎士が言う。間もなくアーヘンだ。



村の入り口に立った一同は、内部を見て驚いていた。付近にはまず、宿や料理店があるので普段ならそれなりに人が行き交う場所だ。しかし、皆が病で臥せっているのか、まったく人通りがない。



「村長のところへ行こう」



辺境伯が言うと、見張りに騎士が2人残り、皆が続いた。

妖精王は、近くに妖精がいるのでそこに顔を出すと言ってエルメンヒルデといったん別れた。







「ありがとうございます辺境伯。薬草があればまだ助かるものがいます……」


「ああ。活用してくれ。それで、感染者はどうなっている?」


「それが……」



村長の邸宅で話を聞くと、軽症者は家にこもっているが、重症者は村からさらに森の奥まで入ったところにある洞窟にいるという。

村での感染拡大がおさまらないことから苛立った村人が重篤な症状があるものたちを村から追い出し隔離してしまったのだ。

もちろん、そんな非人道的なことは許されないと村長は止めたが、その一派が力を持っているため現在もその状況が続いているというのだ。



「すぐに向かいましょう」


「エルメンヒルデ嬢。ユストゥス様は重篤化した患者も救えるのか?」


「ええ、どんな病も、自然界のものなら癒せると、そうおっしゃっていました」


「そうか。では急ぎ患者の元へ」



デューレン辺境伯がすぐに出ようとすると、村長に引き止められる。もう夜になるので、森の中を移動するのは危ないという。騎士や護衛は何とかなるとしても、そもそもそのような訓練を受けていないエルメンヒルデや医師たちには過酷だろう。


護衛たちも騎士たちも、それに同意したので、一晩休んで朝日が登ったら出発することになった。



「洞窟に隔離するなど、非道です」


「そうね、グレータ」



拳を握りしめているグレータの手をそっと取って、エルメンヒルデが言う。



「でも病が広がらないためにはいい策なんじゃない?」


「重症者だけでしょ? 意味なくない?」


「ああ、そっか。感染者全員閉じ込めなきゃ意味ないね」



ハイノは隔離も有り派のようだったが、イーナがその脆弱性を指摘すると、完璧にやらなければ意味がないと納得するハイノ。



「それでも、潜伏期間があるから結局は病を封じたことになるかどうか、目に見えてわかるものではないわね」


「ですよねえ。あ、それより温泉どうします?」



エルメンヒルデがさらにそれに言葉を重ねると、もう話は終わりとばかりにヴィリがちゃちゃを入れる。



「せっかくだから入るけど、あなたとは入らないわよ」


「えー」


「えー、じゃないわ。なぜ一緒に入れると思っているの??」



小首を傾げてみせるエルメンヒルデ。入浴中の護衛といっても、グレータもいるしイーナだっていいのだから、あえてヴィリとは入らない。当たり前だ。



「そうだぞ、何言ってんだヴィリ。お嬢様は女だぞ? 男のお前と風呂入るわけないだろう」


「いやそういうことじゃねえよ筋肉……」



当たり前のことを当たり前のように言うディルク。それに呆れるヴィリだったが、いい加減もうヴィリ自体が呆れられている。ほら、グレータがすごい目で見ている。



「ディルク、ヴィリを連れて行って」


「おう、俺の筋肉を思う存分見せてやろう。裸の付き合いってやつだな!」


「え、いや、」


「行くぞヴィリ」


「いや俺は、」


「いってらー」



皆に見送られ、引きずられていくヴィリ。悪ふざけの代償は、きっと温泉でディルクの筋肉祭りだろう。



「賑やかでいいね」


「バルト様」


「じゃあ、エルメンヒルデ嬢は私と入ろうか」


「「「?!」」」



バルトロメウスがヴィリの悪ノリにのっかって言うと、グレータとハイノとバルトロメウスの護衛がすごい反応を見せた。



「失礼ですが、隣国の王子といえど、エルメンヒルデ様に害をなす存在とあれば容赦しません」


「なかなかいい度胸だね王子」


「バルトロメウス様! いくらなんでも隣国の王子妃に手を出すなど国家間で大問題になります!!」


「いやいやいやいや冗談だ。悪かった、謝るから」



凄い勢いで剣に手をかけたグレータと、ザッと懐から出した魔道銃を構えたハイノと、一応その攻撃から主人を守れる位置に立った護衛に、さすがに悪ふざけが過ぎたかと慌てて謝るバルトロメウスだった。







一方その頃、妖精王は、アーヘン村近くの妖精の棲家を覗きに来ていた。

澄んだ池のほとりに大木があり、その木に守られるように妖精たちの家が並んでいる。



「妖精王ー」


「妖精王だ!」


「妖精王来た」


「ああ、来たよ。久しいね」



妖精王に気づいて妖精が集まってくる。


妖精王が、皆に異常がないか、快適に過ごせているか聞くと、妖精たちはしょんぼりして答えた。



「病気ー」


「人間の病気!」


「村人元気ない」



最寄りのアーヘン村の人々が病にかかったため、元気ないのが悲しい様子だった。



「そうか……」


「妖精王ー、村人元気にしてー」


「助けて!」


「人間の笑顔好き」



妖精たちは、妖精王の周りをぱたぱた飛び回り訴えかけている。



「私はとても美しい娘に頼まれて村人を助けに来たんだ。お前たちもおいで。力を貸してくれ」


「行くー」


「力貸す!」


「人間治す」



妖精は、人前には現れることがほとんどないが、人間のことが好きな場合が多い。

この妖精たちも、人間が好きで村人を覗き見ていたようだ。

妖精たちは、妖精王の力になれば人間が元気になるなら、と喜んでついていくことにした。





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