第二十話 出た、隣国の王子
ここ、デューレン辺境伯領の最西に位置するアーヘン村は、デンシュルク帝国との国境が近かった。
そのアーヘンでヘルシン症が発症したという話は帝国まで及んでいた。
そのため、デンシュルク側の国境に近い町リエーシュでも病への対策が行われていた。
「バルトロメウス殿下、ですわよね?」
「な…………人違いだ」
「バルトロメウス・ハルス様」
「くっ……いや、」
「デンシュルク帝国第三王子様」
「…………ああ、久しいなエルメンヒルデ嬢」
デューレン辺境伯領に入り、辺境伯邸にて王宮から持ってきた物資を降ろしたあと、アーヘン村へ向かっていたエルメンヒルデたち。途中の町で状況を把握しつつ、間もなく村に着くというところで現れた黒髪黒目の優男は、なんと隣国の第三王子バルトロメウスだった。
こんな辺境に、まさか自分のことを知る人物がいるとは思っていなかったバルトロメウスは、変装すらせずに護衛をひとり連れ、そこら辺を歩いていたのだ。
「まさか其方がいるとは思わなかった」
「私もですわ、バルト様」
「ふっ、まだそう呼んでくれるか」
「あら、私たちは良い友人関係だと思っておりましたわ?」
「いや、異論ない」
隣り合った国の王族なのだ、当然ハルトヴィヒとバルトロメウスは面識がある。婚約者として幼い頃から王家に近いエルメンヒルデもまたしかり。王族の誕生日やら、各国の記念日などに開かれるパーティーで顔を合わせる機会も多かった。
デンシュルクの3人の王子を簡単に紹介すると、長男は顔に笑顔を貼り付け内面の読めないタイプ。次男は剣に重きを置く義理人情熱血タイプ。三男であるバルトロメウスは身軽で飄々として腹に黒いものを抱えつつも人の懐に入るのが上手いタイプだ。
バルトロメウスは、そんな人間であったからか、隣国の生真面目な第二王子の婚約者である純粋なエルメンヒルデのことが、ひどく珍しいもののように思えた。
王家ともなれば、周りには暗中飛躍の臣ばかり。幼い頃からそんな中にあって、生き抜くためとはいえそれなりに捻くれて育ったバルトロメウスにとって、王子の婚約者という立場でありながら純一無雑で我が道を行くエルメンヒルデは非常に興味をそそる観察対象だったのだ。
あるとき、2人で話をする機会があったのでバルトロメウスはエルメンヒルデに聞いてみた。
「王子の婚約者だろ? そんな世間知らずで務まるのか?」
と。
するとエルメンヒルデは、
「まあ。あなたに見えているそれが真実とは限りませんわよ? そのようなお考えでは足元すくわれますわ。大帝国の王子というのも、大したことありませんのね」
と、そう返したのだ。
これには一本取られたバルトロメウス。まさか『みんななかよし平和バンザイ』を体現したかのような少女が、見た目と中身が必ずしも一致するわけではないと忠告してきたのだから。
これはもう、面白いとしか言いようがなかった。それ以降、バルトロメウスはエルメンヒルデと無理やり友人関係を結び、今日に至る。
しかしここ2年は、ハイディルベルクの王が伏せっていたことから、この国では祝い事を盛大に開くことがなかったし、近隣の国での祝い事は、第一王子が参加するのみとなっていた。
なので2人は2年以上会っていなかったのだ。
「お元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ。見ての通りだ。其方も、相変わらずのようだな」
それは『相変わらず王都にとどまらずあちこち出掛けているのだな』という意味だ。
「そうですわ、聞いてくださいましバルト様!」
「な、なんだ?」
「この度めでたくも、妖精王にお会いすることができましたのっ」
「なに? ほんとうか!」
「ああ、ほんとうだよ」
「なっ……!」
エルメンヒルデが言うと、妖精王が姿を現した。いきなりの出来事に目を丸くするバルトロメウスだった。
探しているという話は聞いていたので、協力というほどではないが、デンシュルクの伝聞などを話したり、目撃情報を頼りに入国してきたエルメンヒルデを観光がてら案内したことはあった。
しかし実際に見たというものはおらず、その存在すら眉唾物ではないかと思っていたバルトロメウスだったが、さすがに目の前に現れたら信じざるを得ない。
「緑の妖精王、ユストゥス様ですわ」
「これは……初めてお目にかかります。デンシュルク国が王子、バルトロメウス・ハルスと申します」
「ユストゥスだ。よろしくバルトロメウス。」
「よろしくお願いします。ユストゥス様とお呼びしても?」
「いいよ」
「ありがとうございます……いや、しかし、聞いていた以上に美しい」
「そう? ありがとう」
男でも思わず見惚れる妖精王。美しいもの好きの妖精王にとって『美しい』は最上級の褒め言葉だ。
「私たちはアーヘン村へ向かっていますが、バルト様は……アーヘン村よりいらしたの?」
「ああ、俺はデンシュルクの町リエーシュにいたのだ。それで様子を見に……」
「出入国管理局を通らずに」
「……まあ」
「密入国ですわね?」
「…………まあ」
王子が密入国しちゃまずいだろう、とそこにいる誰もが思ったが口にはしなかった。
後ろに控えるバルトロメウスの護衛も気まずそうな顔をしている。正規のルートで入国しないと、国境にかかる大きな河は渡れないはずだったからいったいどうやって来たのか疑問だ。
「そ、それよりエルメンヒルデ、この先に行くのはやめたほうがいい」
「そんなにひどいのですか?」
「ああ……アーヘンはもう駄目だろう」
「そんな!」
「……おそらく、村中が」
「恐れ入ります、デューレンの領主でございます。お聞きしてもよろしいでしょうか」
バルトロメウスが話すには、アーヘンの民はほぼ皆ヘルシン症にかかってしまったようだった。その現状を嘆くエルメンヒルデだったが、そうしてはいられない辺境伯が口を開いた。
「ああ、許そう。私はただの旅人だ。気安くしてくれ」
「ありがとうございます。私たちは今から薬草を届けに行くところです。皆が重症というわけではないといいのですが……」
「すまない、我々も薬草は接種してきてはいるのだが、長居は危険と判断し、村を出てしまったのだ」
領主に報告しようとしていたらしい。ここで会えたのは幸運だった。
「そうでしたか……ありがとうございます」
「アーヘンは封鎖するのがいいだろう」
「その必要はない」
「ユストゥス様」
「私たちはそのために来たのだから。ね? エルメンヒルデ」
「ええ、そうですわね」
「どういうことだ?」
いくら薬草を摂取していても、それは予防にすぎない。ヘルシン症に効く薬草は、病にかかる前に飲めば予防と重篤化の回避に効く。
発症後でも、発疹が出る前に摂取できれば重篤化は防げる、というものだった。
必ずかからない、必ず治る、というものではないのだ。
しかし妖精王の力は違う。
エルメンヒルデたちを必ず病から守ることができるのだ。
「素晴らしいな」
「ええ、ほんとうにユストゥス様が来てくださってよかったですわ」
「ああ。もちろんそうだが、ユストゥス様を動かすことができたのも君の実力だろう」
「まあ」
「そうだね。エルメンヒルデの美しさは規格外だよ」
「あら」
場が和んだところで、今度はバルトロメウスと護衛も加えて皆でアーヘンへ向かうことになった。
エルメンヒルデと護衛5人、王宮騎士の5人、デューレン辺境伯と領内の医師看護師が数名と、結構な大所帯になってしまった。
皆を直接守るのは大変、というか面倒がった妖精王は、道端の石を拾い上げそれに力を付与し、「持っていれば病バリアーできるよ」と言って渡していた。効果は5日間だ。
一行は、アーヘン村への道のりを急いだ。
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