第三話 旅の始まり
今回エルメンヒルデが仕入れた情報では、ハノーファーの北側の深淵の森に妖精がいる、という話だった。
北には魔国があり、国同士の関係は悪くないがたまに奴隷狩りと称して魔族がやってくることがある。もちろん、魔国・ダルゲシュアンでもご法度なので見つかれば裁きの対象となるのだが。
そんな、魔族退治で北側に定期的に出ている騎士団から仕入れた噂だった。騎士の中に、任務中深淵の森に迷い込んだ者がいて、妖精を見た、と。
言った本人は見つけられなかったが、それでも有力な情報だとして今回の深淵の森行きとなったのだ。
「ハイノは研究があるからこないそうです」
「あら、遅れているだけかと思っていたわ」
「筋肉は寒さに弱いからって北は嫌だとか言うしな」
「あなたたち、私の護衛なのよね?」
「だから来ました」
「俺もー」
「わたし寒いとこ好きだから!」
「さすが氷魔法使いだな」
「……そういう問題なのかしら?」
エルメンヒルデは呆れてため息をついた。
来ている護衛は、女剣士グレータと短刀使いヴィリ、そして氷魔法使いイーナの3人。それと、エルメンヒルデ付きの侍女エルナが同行している。
ハノーファーの町までは、馬車で進むので、ほかにも騎乗した警護兵がついてきている。
しかし深淵の森に入るとなると、大人数ではいろいろと都合が悪いので、エルメンヒルデと、筋肉と魔道具士を抜いた護衛3人で行くことになる。
「まあ、お嬢には俺がいればいいでしょ」
「待てヴィリ。私とイーナを忘れている」
「……わざとだよ」
「ヴィリだけじゃなーい!」
冗談が通じないグレータとは、なかなか会話が難しい。イーナは中身はアレだけど見た目は幼いので、それに合わせてか喋り方が幼いのだ。
なんにしろ、お互いの命を預け合っているだけあって、仲はいい。
そうして、いつもより少ない人数での妖精王探しの旅が始まった。
ハノーファーまでは一週間ほどだ。途中何箇所か町や村に泊まりながら進み、ときどき野宿だった。ほとんどの夜を宿泊施設に泊まれる旅は楽な方だ。以前辺境の辺境まで妖精探しに行ったときは町も村もなくなってから五日連続で野宿なんてこともあったのだから。
ほぼ馬車移動の旅は、皆がありがたがった。
「最初の町はエルラーゲンですよね。ビールっスね、ビール」
「夜は好きにしてていいけど、出発は早いわよ?」
「いやーここにきてビール飲まずにいけないですよ」
「エルメンヒルデ様とは私が同室だから、ヴィリは行ってきたらいい」
「おっ、さすがグレータ」
「ほどほどにね」
「へーい」
初日ということで距離を稼ごうと、馬車の中で持参した昼食を食べたり食後の眠気と戦いつつも負けたりしながら、夕刻頃に最初の町に到着した。
御者はきちんと、途中で交代し休憩を取っていた。シュティルナー家はホワイト侯爵家だ。
到着した町、エルラーゲンのあたりは、まだまだ王都に近いため町自体が大きい。
この町は、学園都市である。主に専門的な知識や技術を学べる学校がたくさんあった。町には若い学生が多く大変賑わっている。
特産はビールで、町の地下にある専用の倉庫は、ビールの熟成や保存に好適であり、高品質の製品が生産され世界中に輸出されていた。
現地では作りたてのビールが飲めるというわけだ。
夜になり、エルメンヒルデとグレータは就寝し、イーナも明日のために早めにベッドに入る。他のものも同様だ。しかし、ヴィリだけは酒場に出かけて特産品をしこたま飲んだ。
当然のように翌日は二日酔いで使い物にならなかった。
「護衛よね?」
「ゔ……っぷ。 は、い」
二日酔いに加えて馬車酔いというダブルパンチをくらったヴィリは、その日の昼休憩で寄ったレーグニッツ川のほとりで力尽きた。
「ねーヴィリー」
「……」
「ダメだね、エル様。ヴィリ死んだ」
「そう、残念だわ」
「お、嬢……ひざ、まくら……」
「あら? まだ生きているようだわ。イーナ、頭を冷やしてあげて?」
「はーい」
そう言ってイーナが氷の塊を出現させるものだから、ヴィリは自分の発言にも昨夜の行いにも後悔しながら残った力を振り絞って馬車に逃げ込んだ。
長距離移動用の馬車なので座席の座り心地がいいように、ふかふかになっている。移動中は4人いるから座っているが、横になればこのままイビキをかきだすのではないかと思うくらい、寝心地がいいのだ。
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「ん……?」
少しして、いつの間にか馬車の中で眠ってしまっていたヴィリが何事かの気配に目を覚ます。
どうやら外で、何かあったようだ。
ヴィリは、ふらつく体を起こし、馬車の窓から外を覗き見た。
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