第四話 北の町に到着
何かあったような気配を感じて、ヴィリが馬車の中から様子を伺うと、警護兵たちが剣を抜いているのが見えた。
エルメンヒルデたちは座って優雅に食後のお茶を飲んでいるようだ。
「エルナのお茶は、出先でも変わらず美味しいわ」
「不思議ですよね」
「恐れ入ります」
「デザートまで完璧っ」
「これは昨日、エルラーゲンで調達しておきました。麦芽入りです」
「美味しいわ」
もぐもぐもぐ。いやもぐもぐじゃねーよ! と、心の中でツッコミを入れるヴィリだった。
エルメンヒルデとグレータとエルナとイーナ、つまり女性陣が目的で声を掛けてきた男たちだったが、すぐに兵が気づき盾になった、という状態のようだ。
確かにその辺の輩ならば、シュティルナー侯爵家の警護兵が負けるはずない。グレータやイーナが相手をすることもないので、呑気にお茶を飲んでいるのはわかるのだが。
ヴィリはよろよろと馬車から降りて男たちに声を掛けた。
「はいはい、気持ちはわかるけど、声を掛けた相手が悪かったね」
「ヴィリさん」
警護兵を手で制して剣を降ろさせる。
こんなところで流血沙汰なんて面倒を起こしたくないからだ。
「な、なんだよお前」
「俺のことはいいんだ。でも、見てわかるだろうけどこの美しい女性たちには君たちが到底敵わないような警護の兵士がついてるんだ」
「うっ……」
警護兵がいなくても到底敵わないだろうがそこは男に花を持たせてほしい。
声を掛ける前、兵に剣を抜かれてすでに震え上がっていた男たちだったが、それでも引こうとしない。ヴィリはなだめて穏便にお帰りいただこうというつもりらしい。身振り手振りで大袈裟にアクションをつけながら男たちに寄っていく。
「まあ、つまり、血を見る前にお引き取りください」
そう言って頭を下げた。ヴィリはこう見えて、無駄な戦はしない主義なのだ。
「な、なんだよ、ちょっと声掛けただけで剣振り回すなんて、け、警備隊に訴えるぞ!」
「そうだそうだ!」
「……へえ?」
ヴィリが、手を出さずに頭を下げたことから、男たちの気は大きくなってしまったようで、警備隊を呼ぼうとする。
そもそも悪いのは絡んできた向こうだ。警備隊なんて呼んで捕まるのはどっちだよ、と思うヴィリだったが、こちらとしてもそれで抜剣しているわけだからいろいろと聴取されることになるだろう。足止めされるのは本意ではない。
ヴィリは仕方なく、そう仕方なく腰の短刀に手をやり男たちに鋭い目を向ける。
「じゃあ、面倒だけど全員死んどく?」
「ひっ……ひいっ!」
少しだけ気持ちを込めて殺気を飛ばすと、男たちは足をもつれさせながらあっという間に逃げて行った。
「ありがとうヴィリ」
「いや……俺が居なくてもよさそうでしたけどね」
「すみません、ヴィリさん。こんなところで剣を抜くなんて考えなしでした」
「ああいや、別に間違ってないよ。相手が小物すぎただけっしょ」
「ヴィリさん……」
「ま、これで警備隊呼ばれちゃ面倒だから、とりあえず早く出発しますかー」
謝る警護兵の肩を軽く叩きなんでもないことのように言った。
「充分休めたわね?」
「……まだ、本調子じゃないので、膝枕――」
「ふかふかのイス独り占めはずるいぞー!」
「ヴィリは次の町までは御者台で御者さんの話し相手」
「そうね、そうしましょう」
「え、なんでですかそれ! 俺、助けたのに!」
長旅に耐えられる仕様の馬車なので、当然御者台も座り心地はいいし日除けもある。まあ、前からの風には弱いかもしれないが。
「気分がすぐれないのだから、外で風を浴びていたほうがいいでしょ? 遠慮しないで。」
「も、もう充分、大丈夫です!」
「あらそう? だったら、道中のおつまみに、ビーフジャーキー的なものを、買ってきてくれるかしら?」
「え、ええー……」
そんな調子で1週間が過ぎていった。
・
・
・
「ハノーファーに着きました」
御者が声をかける。
エルメンヒルデたちは、馬車から降りて町の入り口で手続きをしてから今回の拠点になる宿へと向かった。
深淵の森はここハノーファーの町から歩いて2時間ほどのところにある。朝出発して森で妖精あるいは妖精王を探し、夜に宿に戻るという行程を見つかるまで繰り返すのだ。
見つからなかった場合の期限は、家を出てから1ヶ月なので、行き帰りの2週間を抜いて最大滞在期間は2週間になる。
「シュティルナー侯爵家です」
「はいはい、伺っておりますよ」
豪華と言うほどではないが簡素でもない宿の受付で侍女が名乗ると、人の良さそうな笑みを浮かべた老人が対応した。
エルメンヒルデのほかに馬車二台と護衛3人侍女ひとり、御者たち、兵士5人とその乗ってきた馬が5頭お世話になる。
「ようこそお越しくださいました。こんなにいっぱいお泊まりいただくのは久しぶりで」
「最大で2週間。出発が早くなることもありますが、2週間分は先払いさせていただきます」
「これはこれは、ほんとうにありがたいことです。すぐお部屋にご案内しますね」
「お願いいたします」
侍女が金銀銅貨の入った袋を渡して言うと、老人はそれを受け取ったあと後ろのキーカウンターから鍵を手に取って受付から出てきた。
「3人部屋がひとつと2人部屋が6つだね。こちらへどうぞ」
部屋は宿の2階にあるらしい。きれいな模様の絨毯が敷かれた階段を上がって案内されていく一行。各々、まずは部屋に荷物を置いて休憩となった。
「なかなかいい宿ね」
「エルメンヒルデ様にそう言ってもらえるとは、この宿は幸せ者です」
「大袈裟ね、グレータ」
エルメンヒルデは、護衛の観点からもグレータと同室になる。侍女は2人部屋にひとりで、エルメンヒルデの荷物の管理も任されている。
4人分の茶器を揃えて侍女がやってきた。
続いてヴィリとイーナも部屋に入ってきた。
エルメンヒルデの元、休憩しつつも作戦会議のようだ。
お茶を受け取りながら、エルメンヒルデが言う。
「ありがとうエルナ。さて、今夜休んだら、明日は早朝に出発よ」
「まあ寝坊できるとは思ってなかったですけど」
「ならよかったわ。二日酔い厳禁ね」
「……へい」
「地図を見て。ここ、ハノーファーから北へ20kmほど行ったところが深淵の森。大体2時間くらいね」
「歩いて行くのー?」
「そうね。少し急ぎ足、くらいかしら」
「疲れそう……馬はだめー?」
「ええ。それだと馬が怯えて進めない可能性があるわ。もし疲れたら、イーナはヴィリにおんぶしてもらいなさい」
「はーい。」
「えぇー……。」
何で俺が、と言いつつもヴィリは、頼まれたら嫌とは言わないので結局イーナをおぶることになる。そしていつも、おぶるならおっぱいおっきいお嬢が良かった、と文句を言うのだ。
ちなみにエルメンヒルデは補助魔法が得意なので、自身は滅多に行軍で根を上げない。ヴィリの夢はいつも、夢と散るのだった。
そうして軽く作戦会議をしたら解散して各自持参の軽食を摂り休んだ。せっかくの宿なのに豪華なご飯を食べたいとイーナは文句を言っていたが、朝に響くといけないので今日はパッと食べてサッと寝るんだ、という指示にしぶしぶ従った。
そして翌朝――
護衛3人を連れて、エルメンヒルデは深淵の森へ向かった。
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