第二話 婚約者
「エルメンヒルデ」
「ハルトヴィヒ様」
第二王子ハルトヴィヒの執務室にエルメンヒルデがやって来たのは昼時だった。父を見舞ってから来るのでちょうどその頃かと思っていたから、ハルトヴィヒは愛しい婚約者を引き止めるためにも、二人分の食事を用意させていた。
「食べていかないか?」
「まあ、ラムチョップですのね。これは断れませんわ。さすがです」
「王宮では、君の好物はいつでも用意できるよ」
「ありがとうございます。いただきます」
そう言って、出来立ての皿が並んだテーブルに優雅な仕草で着席するエルメンヒルデだった。
ハルトヴィヒとエルメンヒルデの婚約が成ったのは、わずか5歳の頃だった。
ハルトヴィヒの母である側妃ガブリエレと、エルメンヒルデの母である侯爵夫人のフィーネは従姉妹同士だったことから仲が良い。
この日、侯爵家のお茶会に訪れた側妃ガブリエレとハルトヴィヒ。5年前、同じ年に生まれたハルトヴィヒとエルメンヒルデが初めて顔を合わせた日だった。
「「きれい……」」
お互いの第一印象が同じだったエルメンヒルデとハルトヴィヒ。互いに母似で、幼いとはいえとてもきれいな顔立ちをしていたのだ。
一目惚れしたハルトヴィヒは、母に「エルメンヒルデと結婚したい」と言った。ガブリエレがそれをシュティルナー侯爵家に伝えたところ、エルメンヒルデが了承したことからめでたく婚約が成ったのだ。
エルメンヒルデのほうは一目惚れというよりも、そのときはまだ、きれいなものコレクターとしてハルトヴィヒの見た目を気に入り承諾しただけだったのかもしれない。
ちなみに、エルメンヒルデが一番きれいだと思っているのは母フィーネだった。
婚約してからエルメンヒルデの妖精好きを知ったハルトヴィヒは、あまりにもその熱量が多いことから8歳になった頃聞いてみたことがある。
「エルは妖精の、どんなところが好き?」
「きれいなところですわ」
「そう、なの?」
「ええ。妖精も、ハル様も、きれいだから好きですわ」
「エルは……僕の顔がきれいじゃなかったら、好きじゃなくなる?」
「そうですわね……そうなってみないとわからないけど、たぶん、あなたがきれいなのは顔だけじゃないから好きじゃなくなることはないと思いますわ」
「っ……! ほんとうに? 嬉しいよ!」
「……たぶん、ですけれど」
そんな経緯からも、少し温度差はあるが仲の良い婚約者同士であった。
「今度はどこに行くの?」
「あら、お気づきでしたのね」
「まあね」
ハルトヴィヒには知らされていなかったが、侯爵家に旅の準備品が運び込まれているとなれば、今までいったい何回あったか、エルメンヒルデの妖精探しだということは簡単に当たりがつく。
決して隠していたわけではない。エルメンヒルデは先ほど王にしたように、今日、今度は北へ行くと報告をするつもりだった。
「ハノーファーの北へ」
「というと……まさか、深淵の森か」
「ええ、そうなります」
淡々と言ってのける婚約者に、思わずため息が出そうになるハルトヴィヒ。
今までだって、何度も出先で危険な目に遭っているエルメンヒルデ。知らせを聞くたびに気が気じゃなかった。
しかし彼女には、その行動力の大きさから娘を大層心配した侯爵が、いつからか腕利きの護衛をつけるようになった。
レイピアで急所を一撃必殺、美麗の女剣士のグレータ。研究・開発お手のもの、後方支援に最適の天才魔道具士ハイノ。暗器を使わせたら右に出るものはいない、短刀使いヴィリ。筋肉隆々ムキムキマッチョマン、大槌使いのディルク。氷魔法だけでいったら世界一の使い手、見た目は幼く中身は大人、魔法士イーナ。
皆、侯爵家のお抱えである。
特にエルメンヒルデのことを気に入っている連中なので、放っておいても誰かついてくるし、害をなすものがいたら飛んできて薙ぎ払う。
今日のメインは病気の王のお見舞いだった。
ムキムキマッチョマンは暑苦しいし、氷魔法使いは寒々しい。魔道具士は病床の王を使って実験を始めそうで危ないし、暗器使いは目つきがわるいので、シュッとした感じの美麗剣士グレータがついてきている。
ハルトヴィヒはグレータをチラと見て言う。
「君の護衛は皆優秀だからね。でも、やはり心配はするな……」
グレータは目を伏せ薄く笑って見せた。心配無用、と。
「目的は妖精王?」
「ええ。今度こそ、絶対お会いできるはずです」
「そうだね。きっと会えるよ」
そうしてエルメンヒルデは、婚約者であるハルトヴィヒにも出発の挨拶をして、北のハノーファーへ向けて旅立ってゆくのだった。
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