人生大破壊ゲーム

 夏休み直前、勉強のやる気は底につき、もう将来なんてどうでもいいアウトローな人生を送りたいと思ってた頃。

 ふと、いつだったか、紫苑と二人で、バトミントンをしたときを思い出した。

 多分、そう、去年のゴールデンウィーク。

 あのとき可なり不可なりの思い出を作った僕達は、どこか潜在的に、今年も作りたいなんていう欲求を持っていた。



「バトミントンしようよ」

 夜中。

 23時くらい。

 ラケットを2つもった紫苑が言う。

 勿論、お酒は入っていない。

「なんでだよ」

「夏休み前の、前夜祭的な?」

 紫苑の変な日本語を無視しても尚、カオスな状況だった。

 本人は羽まで用意してるし。

「わかったよ」

 僕はそれだけ言って、外に出た。

 どういう感情かわからない紫苑が頷く。

 それを無視して、僕は歩いた。


「夜の住宅街ってさ、人の夢が詰まってるみたいで、気持ち悪い」

「なんだよ、急に」

「大層な夢も持てないし、実現実行する予定もない。なのに、語るだけ騙るって、おこがましくない?」

 そういう紫苑の顔はどこか、陰鬱と、哀愁を感じさせた。

 僕はそんな紫苑の顔にイラつく。

「実行出来る人間が羨ましいよ」

「私はそもそも夢を持たない瀬戸君が好きだよ?」

 バカにされてるのか褒めてるのかわからなくて、無視した。


 沈黙がもつれたまま近くの公園につくと、なんとなく、遊具を登る紫苑。

 当然、人もいない。

 僕達だけみたいだった。

 そんな世界だったなら、素晴らしかったろうに。


「前に私達がバトミントンしたときも、こんな感じだったっけ?」

 おもむろに話し出す紫苑。

「そうな」

「私達、変わったかな」

「人はそう簡単に変わらないよ」

「なら私、普通のままだ」

「紫苑はずっと、特別だよ」

 そう言うと紫苑は黙って、ひたすらに羽を打ち返してくる。

 外灯もほぼ無いせいで、僕は紫苑の打ち返して来る羽根が見えずに、ひたすら落とす。

 ほんと、なんでコイツは返せてるんだよ。

「このまま変わらなきゃいいなって、私は思うよ」

 見えない紫苑の表情を勝手に予測して、僕まで深刻な顔をする。

「何の話だよ」

「バトミントンのラリーの話」

「嘘つけ」

「私は嘘つきだから、嘘しかつかないよ」

「一文で矛盾させてくれてどうも」

 僕がそう言うと、紫苑は羽をとって、止まった。

 ピクリともせず、僕の方をじっと見て。

 その顔はまるでさっきの、人の家を見るかのようだった。

「本当に、変わらなきゃいいと思うよ」

「だから何の話だよ」

 紫苑が黙る。

 夜空を見上げていた。

 まるで、溶け込むように。

 僕もつられて空を見ると、羽が降ってきた。

「瀬戸君、ゲーム、しよ」

「具体性が欲しいね」

「人生大破壊ゲーム」

 絶対やりたくなかった。

「ルールは簡単、瀬戸君が勝てばそのまま。私が勝てば、人生大破壊」

「意味分かんないよ」

「やって」

 紫苑の強い語気に思わず「わかったよ」と答える僕。


 人はなぜ、思い出なんて欲しがるのだろう。

 それは勿論、僕も含めての話だ。


「私の出す問題に、私の思う正解を出せたら瀬戸君の勝ちね」

「わかったよ」

 言って後悔した。

 この手のことで、いい思いをしたことがない。

 でも、それでも。

「この世で最も大切なことって、何だと思う?」

 あぁ、くだらない。

 そう。

 紫苑は特別な人間だ。

 でも同時に、とてもくだらない人間なんだ。

 どうでもいいことを気にする人間なんだ。

「答え合わせは卒業式。もし瀬戸君が答えられなければ、私、本気で別れるから」

 だから僕は、たまらなく、紫苑が好きなんだ。


 思い出なんて求めるだけ、バカバカしい。

 でもこれはきっと、思い出作りであり、落とし前でもあるのだろう。

 だからこそ、とてつもなくくだらない。

 答えはあらかた見えている。

 今まで紫苑を見て、聞いて、共に過ごしてきたからこそ。


 それでも紫苑は、僕の打ち返した羽を今度は、拾おうとしなかった。

 あぁ、なんて哀れで、たまらなく可愛いんだ。

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