20万PV記念特別編〜瀬戸と白川の温泉物語〜その2

「ねね!もうすぐ着くよ!」


 酷い目にあった。

 身体的酷い目じゃない。精神的酷い目だ。


 昨日の夕方、温泉旅行に行くと決まった瞬間に紫苑は予約を取った。

「どことったんだよ」

 と聞いても、「さぁ〜?」としか答えない。


 で、いざ翌日になると朝早くに叩き起こされ、何故か僕まで走らされ、死にそうになってるところで荷造り。

 で、いざ出発すると新幹線に乗せられた。

 そして気づけば、京都だった。


 ちなみに僕は、ここまでもこれからも一銭も出していない。

 何よりそれが恐怖でならない。


 ホテル?旅館?代も払ってないし、交通費も。

 全部予約されていた。


 これで精神的に苦痛を感じない人は化け物だ。メンタルおばけ。



「紫苑」

「なに?」

 すごい、いい笑顔で振り向いた。

「僕もお金……」

「あ、大丈夫だよ。親には言ってるし了承もされてるから」


 すごくすごいです!

 何もしなくても何かすごいです!

 すごいところがすごいんです!


「あ、でも」

「何?何でも言ってくれ、出すよ」

「新幹線降りてからの電車代はお願いね?」

 当然のことでショックだった。

 僕は完全にヒモになっていた。




「ついたよ!今日はこの旅館に泊まります!」


 そこは日本海に面していて、あまりにも綺麗な、どう見ても高価な旅館だった。


「泊まれるかよ!紫苑の家の方がマシだ!」

「そんなことないよ!貸切風呂もあるんだから。ほら、行くよ!」


 最早僕は犬だ。

 主人に散歩中に引っ張られる犬。

 あまりにも自分が惨めだった。なんで僕はこんなにお金がないんだろう。

 なんで僕の彼女はこんなにお金があるんだろう。そういえばモデル業も最近言ってた気がする。あぁ、僕もホストでもやろうかな。


 無理だ。誰もこない。

 翌日には東京湾なり大阪湾なりで浮いてるのが目に見える。




「ご予約の白川様ですね。お部屋へ案内します」

 そしてちゃっかり通された。

 未成年で入れてくれない作戦も無理か。

 もうこうなったら仕方がない。僕も楽しむとしよう。


「紫苑。晩御飯って、どうする?」

「あ、晩御飯付きで予約してるから遊んでたら勝手に来るよ。確か、18時位に」

 あぁ、来るのね。

 それが白川家の普通なのね。



 というわけで時間の空いた僕たちは、とりあえず大浴場のお風呂を各々で楽しむことにした。

 紫苑はヤケに貸切の露天風呂を見てニヤニヤしてたけど、僕は違う意味でソワソワしていた。




 お風呂から出ると、僕一人だった。

 紫苑はそもそも、長風呂派だし。

 だから一人でゴロゴロしていると、バタバタという音共に部屋のふすまが空いた。


「ねえ!お風呂上がり私、どう?」

 やけにテンションが高かった。

 ほら、あれだ。

 例えるなら、初めてディズニー来た人があるくミッキーマウス見たときみたいな。

「いつもと変わんないよ」

「浴衣は可愛いでしょ?」

「そうな」

 実際可愛いから、目のやり場に困った。

 困ったところで、はっとする。

 ニヤニヤしてる紫苑が前に立っていた。


「可愛すぎて見れない?」

「そんなんじゃないやい」

「ほら肩まで見えちゃうぞ?」

 そう言って肩を見せる紫苑の顔は赤かった。

 なんだよ、可愛いじゃないか。

 自分で言っておいて自分で恥ずかしがるなんて、なんて紫苑らしく哀れで可愛いんだ。



 あぁ、いよいよ旅行が楽しくなってきてしまった。

 このテンションの高い紫苑はさぞ、哀れで可愛いんだろうな。

 想像してニヤける自分がキモいことより、哀れ可愛い紫苑への気持ちが勝って、口角が上がった。

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