20万PV記念特別編〜瀬戸と白川の温泉物語〜その3

 運ばれてきた夕食は、それはもう綺羅びやかなモノだった。

 しかもやたらと量が多い。

 鍋から刺し身から、何から何まであった。

 それに美味しいから、どうしても食べてしまうという。


「食って罪だね」


 なんて紫苑も口先をとんがらせて言っていた。


「そういえば紫苑って、魚いけたの?」

 ふと気になって聞いてみた。

「イギリスのイワシが刺さってたパイ以外ならいけるよ」

 そういえばそんなのもあった。

 記憶は消してたけど。




「ところで瀬戸君、お風呂どうだった?」


 満腹中枢が満たされて、二人で寝っ転がってたところ紫苑が口を開いた。


「最高だったよ。涼しさと温かさが共存してるみたいな」

「わかる!なんか、こう、The world!!みたいな」


 普通に意味分かんないよ。

 それ時間止まってるし。


「ね、もう一回、味わいたくない?」

「どういうことだよ。味わいたいけど……」

「私と一緒に?」

「そんなこと言ってない」


 そう言ってベタベタしようとしてくる紫苑を引き剥がす。

「えー!!せっかくなんだからさー!瀬戸君も入りたいでしょー!」

 なんて叫んでる。


「私がお金出してるんだし、お願い聞いてよ〜」

 そう言われて動きが止まる。

 別に僕だって紫苑と入りたくないとかそんなわけじゃない。

 寧ろ一緒に入りたいくらい。


 でも、それって犯罪じゃない?


 なんてことを、裏の自分が呟く。

 それがストッパーとなってたけど、「紫苑が一緒に入りたい」という既成事実ができてしまった。


「わかったよ」


 そう言うと、紫苑がビクッとした。

 もしかして、僕に結局はぐらかされるだけだと思ってたんじゃないか?

 それなのに意外と了承されて、急に恥ずかしくなったとか。


 なんだよそれ。

 たまらなく可愛いじゃないか。


「何だよ。まさか、怖じ気づいた?紫苑ともあろうものが」

 そうニヤニヤして言うと、顔を赤くして地団駄踏み出した。

「うるさい!恥ずかしくなんてないから!」

「そうだよな。紫苑から誘ったんだもんな」

 あ、バツの悪そうな顔してる。

 そして何かゴニョゴニョ言い始めた。


「脱ぐから、ちょっと電気消して」


 紫苑はいつも、何事にも動じず、気丈に振る舞っている。

 何をしても、余裕を見せている。


 そんな人間がいきなり赤面するから、勿論僕には大ダメージが入った。

 あ、死ぬ?これ。


「わかったよ」

「ん」


 なんとも言えな気まずい雰囲気。


 暗くなった部屋。


 紫苑の服の擦れる音。


 今更、極度の緊張が僕を襲った。

 あれだけ清潔な紫苑を、僕は久しぶりに見た気がする。

 だからこそ、「自分の彼女だ」ということを思い出し、余計に緊張してしまう。


 なんで僕は、入るなんて言ったんだ……。

 あれ、待てよ。

 でもこれ、紫苑から誘った話だよな。

 ……。


 僕の腹は決まった。


 堂々としてやろうと。





 紫苑が先に入ったあと、僕は何事もないかのように普通に入ってやった。


 緊張したように肩までが伸びた髪をクルクルさせるような見たことのない仕草にちょっと惹かれつつも、僕は黙って横に浸かった。


 ちなみに緊張で吐きそう。


「なんか、こう、キレイだね」

 紫苑が照れたように言った。

「海と風のせいで、なんだか寒い気がするよ」

「え!?」

「え?」

 ビックリしたような反応の紫苑が、赤面しながら目線を反らして、「もうちょっとくっつこっか?」とボソッと呟く。


 僕が反応することなく黙っていると、紫苑が自分の手を僕の手に重ねた。


「ねえ、こういうとき、なんていうの?」

 相変わらず目を合わせずに、紫苑が言う。

 そんなこと言われても、知らないよ!

「キレイだね、とか?」

「好きだね、とかがいいな」

 照れたように言うのがずるい。


「ね、瀬戸君」

「何だよ」

「キスしてほしい、って言ったら、どうする?」

「どうもしないよ」


 そう言う紫苑は今度は目を合わせて、薄く笑っていた。

 どこにでもいる、カップルみたいで恥ずかし……。


 いや、待てよ。

 何かが違う。

 紫苑はもっとこう、捻くれたような。



「おい」

「ん?」

「遊んでるだろ」

 そう言うと、紫苑の顔がスッと戻った。

「え、キス、しないの?」

「しないよ!やっぱり遊んでたじゃないか!」

「え〜、瀬戸君が緊張してたから、スッゴイ楽しかったのになんでキスしないのさ」

「恥ずかしいからだよ!」

 そう言うと、ゲラゲラ笑い出した。


 やられた、完全に、やられた。


 最初に気づくべきだった。


 赤面してるあたりから、いやもっと言うと、「電気消して?」とか言い出した辺りから僕ははめられていた。

 一人で緊張していたことが情けなくて仕方ない。

 というか、僕の緊張を返せ。


「は〜、月がキレイだね〜」

 いつもの紫苑の、少し上がった声で紫苑がとろけながら言った。

「そうな」

「このままがいいな〜、ずっと」

「そうな」

「ちょっと不機嫌?」

「そうな」


 そう言うと「あははは!」なんて笑って、突然立ち上がった。

 紫苑の白い肌が見えても、本人は何の気なしに伸びをする。

 僕はもう、ちっとも緊張していなかった。

 堂々と見せつけられすぎて。


「瀬戸君も立ってみなよ!寒いのと温かいのが共存して、気持ちいいよ!」


 引っ張られる手とともに立ち上がると、確かに気持ちよかった。

 果てしなく広がる海が、月をキレイに反射させる。

 それを全身で受け止めるみたいに、紫苑は両手を伸ばしている。

 するとこっちを見て、ニッと笑った。


「私のパーフェクトボディに、見惚れちゃった?」

「別に、そんなパーフェクトでもないだろ」


 そう言うと紫苑は、ケラケラ笑って僕をお風呂に沈めた。


 やっぱり、全然美少女じゃないや。

 自称だ、自称。


 でもこの哀れさは、誰にも負けてないから、僕は彼女が好きなんだ。


 あ、それと、そろそろ息切れて死んじゃう。

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