美少女≠触

 何をされても、紫苑は関心を示さなかった。

 だから飽きたのか、突然何もされなくなった。

 その代わり、紫苑の周りに男が増えた。


「白川にそんなことするやつ、許せねぇよなぁ!?」

「白川、なんかあったらすぐ言えよ」

「白川!」

「シラカワ!」

「sirakawa!」


 とまあ、頼れるところを見せればワンチャンスあるとうつつを抜かしている連中ばかり。

 実際、僕が頼りないせいでワンチャンスあるのだけれど。




「瀬戸君も私のこと守ってよ」

 昼休み、自販機の前で紫苑がちょっと不満気に言った。


 これでも僕も守ってるつもりなんだよ。それとも何か、幕末の頃みたいにガチガチに巡回して守れっていうことか。


「悪かったな」

「性欲ガードばっかりで気持ち悪いんだよ。わかる!?この気持ち」

「わかんないよ」

「皆、私の目を見ずに、まず胸を見るんだよ。今シャツだから、ちょっと透けないかとか狙ってるんだよ。絶対!」


 絶対って言い切られるクラスメイトをちょっと哀れに思う。見たい気持ちもわかるよ。


「ま、この、私のワガママボディを見たいのは理解できるけど?」

 全く理解できないよ。

「どこがワガママなんだよ」

「うっさい!瀬戸君には触らせてあげないもんね」

「別に頼んでないよ」

 そう言うと、「きぃー!」とか奇声を発しながら地団駄踏み出した。

 哀れで可愛い。


「瀬戸君は私に触りたいとかないの?」

 その質問、ずるくない?

 どうやっても詰んでるじゃないか。

「思ったり思わなかったり」

「私にそんなに魅力ないんだ……」

 きゅるん。

 なんて目をしやがる。

 おぇー。

「そんなことないよ」

「瀬戸君がそんなこと言ってたって、クラスの女子に言いつけてやる」

「おい!」

 止める間もなく、紫苑は走り出していた。

 僕も全力で追いかける。


 紫苑の50mのタイムは確か、7.9。

 はやすぎるだろ。

 僕は8.1。

 情けねぇ。死にたい。別に遅くはないんだろうけど、紫苑に散々煽られたせいで劣等感が凄まじい。



 僕が教室に戻ると、「瀬戸君サイテー」なんて言われた。

 冗談なのはわかってるけど、普通に傷つく。

「そうだよ最低だよ!」

 紫苑はニコニコしてるし。

 なんだあいつ。


「瀬戸なんかしたのかよ!」

「おい瀬戸サイテーじゃないかよ」


 そんな声が飛び交う中、一人の男子が紫苑に近づいていった。


「白川に何したんだよ〜」


 そんなことを言いながら、しれっと紫苑の肩に触れた。


「は?」


 紫苑の低い声が漏れる。

 他からの接触を嫌う紫苑からしたら、蕁麻疹が出るようなレベル。

 手を振り払って、肩をはたいた。


「触らないでくれる?」


 元の高い声のトーンに戻して、笑顔で言う。

 でもそいつは、それにも動じずに触れに行った。


 紫苑の顔はニコニコした状態で保たれている。

 でも、触れるのを許さないみたいに、笑ってるようで笑っていない。

 典型的な作り笑い。

 多分これもわざとだろうけど。


「あいつ誰だっけ?」

 近くにいた須藤に聞いてみた。

「理系から来た奴だろ。女に手を出すで有名」

 紫苑も僕も、他人にあまり興味がないから知らなかった。


 紫苑がチラッとこっちを見る。合図をおくるみたいに。


「まぁ、白川も嫌そうだしやめとけよ」

 珍しく僕が笑顔で歩み寄って上げた。感謝してほしいね。

 というか、僕は今すぐにコイツをボコボコにしてやりたいくらいに怒っていたから、手を出されなかっただけ感謝して欲しいね!

 手を出したら確実に僕が負けてるけどね!


「お前、白川の彼氏?」

「違うけど」

「じゃあ間に入ってくんなよ」

「いやいや、白川、嫌そうだから」

「お前が入ってきて嫌なんだろ」

 木村……助けて……。

「私はあなたが嫌なの。不快だから、触らないでくれる?」

 そう言われて、おずおずと引き下がるのを、高飛車に見る紫苑。

 そして僕も、しれっと紫苑の肩に触れた。

 触られた感触がして、鼻で息をするかのように自慢気な紫苑。

 僕も自慢気だった。

 僕の紫苑に誰一人触れてほしくなかった。


 それにしても、嫌な展開になったもんだ。

 僕は覚悟しておいたほうがいいかも。

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