意味のあることが全てじゃない

 心配して、学校に着くまでに紫苑に電話をかけたけれど、出る気配が全くなかった。

 いよいよ、本格的に不安になってくる。


 学校について下駄箱を開けても、紫苑の靴はまだ入っていた。

 てことは、学校のどこかにいる。


 もう一度電話をかけても出ないし、グラウンドに行っても部活はどこもやっていなかった。


 帰ってもなかった。


 一気に、緊張が走る。




 30分くらい待ったとき、電話がなった。


「紫苑!どこにいるんだよ!」

「紫苑ちゃんいないの?」


 親だった。

 軽く死にたくなるヤツ。


「だから、紫苑迎えに学校行ってるだけだよ」

 そう言うと、「何してるの?」と暗い廊下の奥で聞こえてきた。


 安堵。

 親の電話を切り、紫苑に駆け寄る。

 ちょっとビックリした。

 すると、紫苑もビックリしたみたいに口を開ける。


 間抜けな顔が、可愛く見えた。

 勿論、これが可愛いと思ってる紫苑が可愛いだけで、顔はいつもの変顔。


「なんで紫苑までビックリしてんだよ」

「いや、なんでいるのかなって」

「なんとなく、戻ってきたんだよ」


 どこで何してたのか、本気で問い詰めたくなったとき、紫苑が自分から言い出した。


「心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと屋上行ってただけだから」

 あっけらかんと言うのが、ちょっとウザい。

「誰にも会わなかった?」

「会ってないよ」


 会ってないなら、いいんだ。

 何かしら嫌がらせされてると思ったから。


「なんかあったの?」

「なんでもないよ。紫苑に何もないなら何でもいいし」


 なんだか呑気な紫苑を見てると、心配した自分がバカらしくなって僕は足早に歩いた。

 まぁ、なんであれ、何もなくて良かったと思う。




 突如、後ろから、柔らかい匂いがした。

 香水でもない、いい匂い。

 それと、強い存在感。

 柔らかい感触も相まって、紫苑が後ろから抱きついたことを、神経が脳に伝達する。


 首元にまで手を巻きつけられ、僕は動けなくなった。

 紫苑が、頭を僕の背中になすりつける。


 長い時間そうしていたから、僕が口を開いた。

「どうしたんだよ」

 しかしそんな安直な言葉は、廊下の闇に葬られて行く。


「大丈夫だよ」

 何が大丈夫か、自分で言っててもわからない。

 でも、何だか、その言葉を紫苑は待っていた気がした。


「瀬戸君はさ、私のどんなところが好き?」

 何度も重ねられた質問。

 でもこう言う単純な質問で、人間は愛を確かめる。

「紫苑が残念なところだよ」

 そう言うと、背中に頭をぐりぐりされた。


 また沈黙が続いた。

 でも今度は、紫苑から口を開いた。


「私が死んだらさ」

「死なないよ」

「私のこと、美化しないでほしい」


 それは、紫苑を紫苑のまま、覚えておいてほしいということ。


「死んだらさ、人は死んだ人を美化する。でもそれって、不思議なこと。生きてる間は人のマイナスポイントを一生懸命探して、死んだら突然プラスポイントを上げ始める。それって、愛がないと思う」

「前に言った気がするけど、私は人のマイナスポイントが好き。人の長所ばっかりで判断したり、見かけで判断するのは嫌い」


「そうな」


「だから、私はマイナスポイントを愛して欲しい。そこまで愛せて、愛だと思う。愛とか恋とか嫌いだけど、【その人が好き】ってことは、そういうことじゃない?」


 別に泣くでもなく、聞き方に反して共感を求めるでもなく、あくまで自然体で紫苑が言う。


 僕も、愛なんてモノは嫌いだ。


 信頼関係自体が嫌いだし、意味もないと思う。

 人は平然と裏切るから。

 築くだけ、リスキーで無駄。


 でも、だからこそ、それを紫苑と築くことに、意味がある。

 意味のないことをするからこそ、どこかで意味が生まれるのかもしれない。


 つまり、愛なんてことについて考えても無駄だけど、愛することなんて無駄だけど。

 無駄だからこそ、意味があるかもしれない。

 ある意味それが、僕たちの世界になって、行動の範囲になる。


 だから僕は、紫苑の質問に黙って頷いた。

 マイナスポイントなんてモノを見ることに。



 頷かれたことが嬉しかったのか、少し、抱きしめる手が強まった。


 でもこんなとき、抱きつかれてる側は何をすればいいか全くわからなかった。

 だからとりあえず、黙って紫苑の手を触っていた。死ぬほど気持ち悪い。


 でもなんだか嬉しそうだし、悪い気もしないから、当分放っておいた。

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