美少女≠殺伐

 僕の机に、暴言だけ書かれたルーズリーフが入っていた。

 明らかに、僕に対してではない。


 特にイジメられる理由も今はない。


 人は自分より弱い者をイジメる。

 そうやって自分の自己顕示欲を高めて、自分の存在意義なり存在価値なり、はたまた自分の地位の高さを確認する。

 恐竜だって、そうだった。


 でも、例外はある。

 それは、自分よりも明らかに、遥かに高い相手に何かしたいときだ。


 多分これは、紫苑へ当てたもの。


 紫苑の敵対派閥は存在するらしい。

 委員長の集団ではないみたいだけど。


 所謂、ボイコット。

 紫苑が上であぐらをかいて、人を顎で使い、気に食わないと感じて放置しだしたらその子がハブられる。

 それが多分、嫌になったんだろう。


「紫苑、僕の机にこんなの入ってたんだけど」

「あ、捨てといて」


 やっぱり紫苑のだった。

 それにしても、ちょっと僕は困った。


 多分これは、紫苑なりのサインだ。

 助けてくれ、という。





「ほっといていいのかよ」


 帰り際。下駄箱で聞いてみた。


「水品でもなかったし、いよいよ誰だかわかんないんだよね。でも何だか、誰でもいいや。私そういう弱い人間には興味ないの」


 紫苑の口が、久しぶりに饒舌になってきた。


「私は別に私であって、それを曲げるつもりなんて欠片もない。それに私はそんなに弱い人間じゃない。こんなくだらない嫌がらせで私のことを攻撃できると思ってる脳が可哀想」


 まだ紫苑が話しそうだから、待った。


「プラトンの洞窟って、知ってる?」


「いや、知らないけど」


 そう言うと紫苑は、夕方の廊下の逆光の位置に立って、僕を見た。


「私の陰見て。これ、何だと思う?」

「え、人」

「そうだよね。人なんだよ。でも、その人っていう形はわかっても、色だったりは全然わかんないの。つまり、人っていうのを知った気になっているだけで、人の本質は知らないの」


 そこまで言うと、僕のところに戻ってきた。


「それと同じ。アイツらは私の陰しか見てない。私っていう人間を理解したつもりでその本質を捉えてないの。光に写ったものしか見れてないんだから」


「そうな」


「それで私の何かがわかるわけがない。なのに、私にあんなのを送る。それはつまり、自分が見る目なくて外見だけ見てる証拠ですよ、って提示してくれてるの。そんな人間に、私が興味あって?」


「そうな」


 僕は、誰だか知らないコレを送りつけた主に、心底腹が立った。

 腸が煮えくり返りそうだった。


 今まで安定していた紫苑の危うさが、戻ってきてしまった。





 翌日からの紫苑は、酷いモノだった。

 嘗ての紫苑を、思い出すみたいな。

 最近は人と少しは関わろうとしていたのに、またニコニコするだけの紫苑だった。


 だから露骨に出していた僕へのちょっかいも、出さなくなった。

 たまに僕の方を向いて、紫苑らしい笑顔を「ニッ」と見せてくれるだけ。


 でも僕にすると、正直メリットもあった。

 この危うい紫苑からしか得られない、哀れな可愛さがあるからだ。


 ただこれから紫苑がまた何をしでかすかわからないのが、僕も怖い。

 可愛いかったら、僕としてはなんでもいいのだけれど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る