美少女≠ソロ

「それでね、水品さん以外と悪くない子だったんだよ」


 結局、紫苑は21時頃に帰ってきた。

 なんなら晩御飯も食べてきたらしい。

 十分に楽しんでやがる。

 僕の完全敗北みたいな空気が悔しい。


「嫌いって言ってたのに?」

「うん。私の手のひらドリルになっちゃった」

 くるくるさせんなし。


「何があったんだよ」

「話しててわかったんだけどさ、多分、羨ましかっただけなんだよね。私のこと」


 紫苑曰く

 前の学校ではモテてたし、次の学校でもモテるだろう。それに、転校生という目立つ立場だから余計に注目を集められるだろう。

 という理由だったとか。

 多少紫苑の補正がかかってそうだけど。


 そう聞くと確かに、紫苑と似てそう。

 プライドが高くて支配欲が高いような人間らしいから。


「なかなかどうして気が合いそうなんだよ」

「それは良かったな」

「何?妬いてる?」

 ニヤニヤして聞いてきた。

「妬いてないよ」

 嫉妬する要素がミリも無いし。

「私に久しぶりに友達出来そうだから、嫉妬するかと思っちゃったよ」

 あー、あれだ。

 テンション高くなって適当なこと言ってるやつだ。

「そうな」

「瀬戸君、私のことを、一滴の涙も出ない人間だと思ってるでしょ」

「思ってないよ」

「みんないい加減なこというから、涙なんて一滴も出やしないのも、事実かもね……」

 ホントに何言ってるかわかんない。

「いい加減なこと言ってないだろ」

「私によってくる女の子、だいたい変だよ。嘘つき多いし。クラスでホントに友達って呼べるの二人だし」

 そういえば、そうだっけ。

「それこそ妬まれてるんだろ」

「私って罪な女だね」

 なんかもう、面倒になった。



 翌日、日曜の早朝から紫苑は姿を消していた。

 どうせまた一人でフラフラとどこかに行ったんだろうけど、一応メッセージを飛ばしていおいた。


 すると、紫苑が自分の家に帰っていることがわかった。


 ➝家来て


 とメッセージと来てたし。


 ←何してんの?

 ➝いいから来なよ

 ←僕の家で出来ることならめんどくさくて行きたくないんだけど

 ➝来い

 ←はい


 主従関係がわかりやすくて助かるね。




「青春映画が見たくってさ」

「瀬戸君の家じゃ、妹もいて見にくいじゃん?」

「だから私の家で見ようと思って」

 珍しくモジモジ恥ずかしそうにしてる。

 なんだか演技っぽくもない。

 妙な感じ。

「いいよ」

 それに、茶色っぽい髪から薄っすらとシャンプーの匂いまでした。

 いつもサラサラではあるけど、こんなのは稀。

 僕まで調子が狂ってきた。


「何系がいい?」

「人が死ぬのがいい」

「おお〜、流石。捻くれてるね」

「紫苑だって捻くれてるだろ」

 そういうと「にへへ」みたいな変な笑い方をした。

「私はそんなことないよ」

「そんなことしかないだろ」

「まぁいいや。余命20年とか?」

「ん〜、前見たかな。でもそういう系で」

 と言うわけで、病気で死んでしまう女の子と男の子の話に決まった。


 映画の最中、ふと気になって聞いてみた。

「なんでそんなに変なんだよ」

「何が?」

「今日」

 何か言いにくいことでもあるかのようだったから。

「たまにはイチャつきたかったんだよ」

 そういう紫苑の顔はどこか、哀愁が漂っていた。

 そんな顔しながら言われると、哀れで可愛く見えてくる。


「昨日、水品にさ」

 物語が最終局面を迎えた頃、他人事みたいな、どうでもよさそうな目で映画を見る紫苑が口を開いた。

「言われたんだよ。あなたは人間味がないって。どうせ彼氏も放置してるんだろうって。悔しくなったんだよね。それと、私に人間味が無いっていうのがちょっと心に来ちゃってね」

 多分それは、紫苑をわかってないだけ。

「寧ろ誰よりも人間味があると思うよ。紫苑を見てるつもりで、表の紫苑しか見えてないんだ。ソクラテスの洞窟の比喩と同じだよ」

「私の本質か……」

 紫苑でも人の言葉に左右されることがあって僕はちょっとビックリしている。

 紫苑自身で、実は自分の本質がわからないのかもしれない。


 ソクラテスの洞窟の比喩は、影ばかり見ていても、本当はどんなものかはわからない、ということ。

 多分、どれだけ探しても紫苑の影を見てる人が大勢だ。

 でもそれは、光に当てられて出来た、ただの紫苑の影。

 光の側にはもっと、人間らしいモノが詰まってる。


 紫苑は普通の人間だ。

 別に特別らしいことなんて何もない。

 いや寧ろ、そのほうがいい。

 名もなき人の生き方こそ、偉大なんだから。

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