義務的存在価値

 僕は既に、囲まれることはなくなっていた。

 またクラスで、てんやわんや言われるかと思ったけど、いつも通り木村と須藤と話してるだけ。

 紫苑が何かしたのか、はたまたもう誰も興味がなくなったのか、

 後者の可能性はほぼないに等しいけど。


「なんで僕、こんなにフリーなの?」

 気になったからちょっと須藤に聞いてみた。

「知らね」

「紫苑が何かしたとか?」

「してねーよ。金曜日に質問攻めにあって激怒してたぐらい。ていってもちょっと嬉しそうだったけどな」

 囲まれるの好きだもんな、紫苑。


「それより、白川なんかちょっと変じゃね?」

 後から来た木村が言い出した。

「うん」

「なんていうか、あいつの尖ってたところが削られてきたっていうか。周りに流されないはずなのに、流されてるというか」

 少しわかる気がする。

 それに加えて、多分紫苑は、流されに行っている。自分らしくないことをしてる。

「瀬戸こそ、何か知らねぇの?」

「知らないけど、聞いてみるよ」



 放課後、珍しく素でニコニコしてそうな紫苑に話しかけた。

「何か今日、ハイテンションじゃない?」

「そう?」

「そうだよ。珍しく素でニコニコしてるし」

 もっと普段はダークで作ったような笑い方をしてるのに。

「なんか、変?」

「変」

「なら、手繋ご?」

 普段ならそこで恥ずかしがる演技なんかをして、可愛こぶったり僕を照れさせたりして楽しむのに、今日はニコニコ笑ってる。

 おかしい。


 出した手を握ってついでに顔にも手を当ててやった。

「え、何?」

「暑い?今」

「寒いけど」

「僕の手は?」

「温かい」

 とか言いながらスリスリし始めた。

 これは重症だ。


 さっさと歩かせて電車に乗り、珍しくバスに乗って家に帰る。

 最速で手を洗わせて脇を挙げさせたあと、体温計を挟ませた。

 38.1

 でしょうね。



「瀬戸君、空ってなんで青いか知ってる?」


 アニメでよく、ヒロインが熱を出す描写がある。

「なんで熱が出ると妄言吐くんだろ〜」

 とよく思っていた。

 メタ的な考察を入れると、多分都合がいいんだろうという、簡単な結論に行き着く。

 でも、実際どうなんだろう。

 と、常々不思議に思っていた。

 だって自分に熱が出てもそんなこと一言も言わないし、間違っても一人で変なことなんてしない。


 なら、多分あれはアニメなだけであって現実では絶対ないんだ。

 と、結論づいた。


 でも実際は違った。

 目の前の美少女は何か変なことを言い始めた。

 それでふと気づいたことがある。

 もしかして、変なことを勝手にしてるんじゃなくて、もしかして、したくてしてるのではないかと。


 紫苑は多分、僕が横にいるから話しかけたくて話しているんだ。

 それで、頭が回らなくて適当な意味のわからない話題になっているんだ。

 なるほどなるほど、合点が行った。


 なんて一人で考察していると、答えて欲しそうに紫苑がこっちを見ている。

 あぁ、哀れで可愛いなぁ〜。


「それは哲学的な話?」

「うん」

「青色は行け、だから未来に突き進めみたいな?」

「違うよ何言ってるの。レイリー散乱だよ」

「めっちゃ科学やん」

 そういうとクスクス笑った。

「瀬戸君も変じゃん。急な関西弁やめろし」

「そうな」

「ねね、私が風邪ひくの珍しいし、何かお話してよ」

「嫌だよ、そんな話す内容なんてないし」

 そう言っても、紫苑はちょっと楽しみにするような顔をやめなかった。

 結局僕が譲歩することになるし。


「何話せばいいんだよ」

「ん〜、別になんでもいいよ」

 それが一番困るってわけよ。


「別に、そんなに悩まなくていいよ。私と話してくれれば、それでいいの。私は私で瀬戸君の話を聞いたり、時々返したり、瀬戸君を眺めたりしたいだけだから。なんだかそれが、普通な気がする。私、普通になりたいの」


 そう言うと、紫苑が話し始めた。

 結局僕が聞く側になってる。


「小学校から今までずっと、私ってなんだか特別扱いされてたの。意味分かんないよね。寧ろ、異端だと思うのに。皆は人の心を読み取って、人の顔と名前を一致させて、人を好きになって、自分を好きになる」


「そうな」


「でも私は、人の考えてることなんて分かんないし、人にも興味ない。だいたい自分が得してたり自分が困らなかったらそれでいいから。でもなんだかんだ、瀬戸君を好きになって、自分の中で自分がちょっと変わった気がしたの。だからこれから、大きく変わる気がした」


「それでも私は結局、人のことなんてやっぱり考えてない自己中心的な人間だった。そんな私なのに、皆は何故か私に期待する。私っていう存在が、義務に感じてきた。こうしろ、ああしろ。全部ルールを押し付けられて、期待を押し付けられて。やってらんないよね」


「それは、紫苑が皆にとって良い人間だからだろ」


「期待されてない人にも苦しみがあるように、期待されてる人間にも辛いことがある。でも、嫉妬を押し付けられて、相手のルールを押し付けられて。私は私で自由にしたいんだ。表裏も作って、誰彼構わず平気で比べて、平気で他人のこと笑って、優越感に浸れる人間に」


 もう出来てると思うけど、もっと過激になりたかったらしい。

 というより、自分らしさを全開にしたいっていう表現なんだろう。

 自分を抑制してるから。


「皆違ってみんな良いって言うけど、それは裏の話だと思う。表では正論しか話さない。そんな世の中、つまんないよ。だから私は、ありのままの私を理解してくれて、私を愛してくれる瀬戸君と一緒に居たいんだ」


「そうな」


 照れ隠しみたいに、僕も笑って返した。


 つまり、普通になりたかったんだ。

 話の原点こそが全てだった。

 普通になって、普通に扱われたかった。

 それだけの話。


 でも、人によって普通は違う。

 だから、自分の思う普通でいられる人と一緒にいたい。


 皆がそう思ってるけど、そうならないのが現実。

 だから皆、苦しんでる。


 だから皆、迷ってる。

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