美少女≠出会い

 欠伸が出るのを抑えなが身体を起こす。布団との葛藤の末なんとかカーテンを開けて、日差しを部屋に行き渡らせた。

 ベッドを見ると、誰もいない。ただ脱ぎ散らかされたパジャマの後だけ。それなのに何故か、強い存在感を示している。

 階下に降りると同じ学校の制服を来た美少女が、リビングの僕の席に座っていた。

「おはよい」

「ん」

 朝からよく声出るな。僕なんか眠くて話せたもんじゃないのに。

「瀬戸君も私と一緒に朝から走ろうよ」

「ん」

「沈黙はYesと捉えていい?」

 そんなくだらない話をしながら、今日も家を出る。これが、日常。

 毎日毎日、同じことを繰り返してる。

 永遠に同じであってほしいような、あってほしくないような。刺激が欲しいような、欲しくないような。

 紫苑の準備を待って、一緒に家を出る。

 今日も薄っすらと紫苑の匂いが、風にのって鼻をつく。それだけで、身体が暖かくなる気がしてる僕がいる。キモい。

「今日何食べた?」

「好きな本は?」

「遊びに行くならどこに行くの?」

 思考を停止させてる僕とは真反対に、元気に歩く紫苑。

 いいな〜、朝から元気な奴って。

「なんで朝からそんなにはしゃげるんだよ」

「真の美少女はね、常に隙を作っちゃならない生き物だから嫌でも元気なふりしないといけないの」

「美少女も大変な生き物なんだな」

「そうだし。美少女の彼氏もそうあるべきだし」

「そうな」

 そういう紫苑、隙だらけだけど。


「おはよう!」

「おはよう!白川さん!」

「白川さん、宿題見せてくれない?」

「白川、放課後あいてる?」

「紫苑、パフェ食べに行かない?」

 学校につくと紫苑はすぐに囲まれる。友人やら色んな人やら下心満載のやつやら。それもこれも日常なところがクソ。

「よう瀬戸。お前の彼女、今日も人気だな」

 木村も僕に話しかけてくるぐらい暇になったみたい。

「あれ見るたびに人類の不平等性を感じるけどね」

「お前みたいなのが付き合ってんだから意外と平等だろ」

「僕みたいにラッキーな人、レアだけど」

 実際、そんなにうまく行くことなんてなかなかない。

 僕の場合は好きな性格の人がたまたま超絶美少女だっただけであって。多分、顔で選んでたらこんなことにはなってないと思う。まず、紫苑に選ばれてないし。

「あ、見ろよ。白川のそばにいるあいつ、隣のクラスの転校生」

 言われた方を見ると、紫苑に群がってるグループの中に見知らぬ顔が一人。

「関わっちゃまずいんじゃなかったっけ?」

「どっちも制御不能なんだよ。須藤に任せればよかった」

 須藤の扱いがちょっと可哀想だけど、目には目をってことね。


 このクラスは実質、紫苑一人に動かされている。

 紫苑のその日の機嫌によって、クラスの雰囲気がだいたい決まる。誠に勝手な話ではあるけど。

 だから、今日は最悪の雰囲気になりそうな匂いがプンプンしていた。

「何さ、私の判断に文句あるわけ?」

「そんなんじゃないけど、もっといい人いると思うよ?」

「人のこと知りもしないくせに勝手に言うなし。それとも何、知ってんの?」

「別にイケメンなわけじゃないし、なんて言うか、陰キャだし?」

 静まりかえったクラスの真ん中で行われる押し問答。

 空気の読み合い。

 間の図り合い。

 二人の沈黙。

 場が織り成す空気は最悪。

「ところで、いきなり私に突っかかってきて君、誰?」

 対峙する黒髪ロングの女の子に、悪意も敵意も無くして問う紫苑。ただし、いつもと違って笑わずに、真剣な顔で。

「知らない?隣のクラスに転校してきた」

「知らない」

「水品玲奈、よろしく」

「で、結局私に嫌味言いに来ただけなの?それなら今後無視するけど」

 淡々と、質疑応答みたいに言葉を交わす二人。教室中が二人に注目して静まり返ってるせいで、尋問みたいになっていた。

 怖い。

 ちなみに話題も怖い。

 イケメンでもないし、寧ろ陰キャって言うことを紫苑に言うってことは多分、僕の話だから。

 何もしてないじゃないか!

 善良なただの生徒なのに!

 なんて悲劇の主人公ぶってみる。

「嫌味は嫌味だけど、白川さん、無視出来ないでしょ?」

「なんでさ」

「白川さんって、好きな人のこと悪く言われたら我慢出来ないタイプでしょ」

 ええええええええええええ

 とかいう怒号がクラスで鳴り響く。あれ、紫苑に好きな人がいるって修学旅行で周知の事実になったんじゃなかったっけ。

「白川に好きな人がいるって、まじかよ」

「しかもこのクラス……俺かも」

「最近白川と仲いいのってバスケ部のあいつじゃね?」

「おいおい、白川に彼氏とか前代未聞だぞ!」

 あ、現実逃避してたのね。女子の何人かは僕達が付き合ってるのを知ってるし、そこまでのリアクション。

 そんな最悪の火種をばら撒いて、優雅にさる転校生。

 紫苑は意にも、介さなかった。


「なんだか瀬戸君巻き込んじゃってごめんね」

 帰り道。二人で帰ること自体がリスクの塊になってるのに、紫苑はそこは譲らないみたいでルンルンで帰っている。

 愛が重いんだよ。

「別にいいよ。それより、紫苑のこと悪く言ってなかったのかよ」

「別に何も?」

「なら、ホントに嫌味言いに来ただけ?」

「そう。私のことなんてどうでもいいんだよ」

 紫苑は自分の悪口なんてだいたい覚えてないからそもそも、僕の悪口だけだったか怪しいけど。

 それも、紫苑の良さか。

「でも、瀬戸君のこと悪く言うのだけは許せない。魅力的な人なのに全然伝わらないし、大抵の人が私なんかを評価して瀬戸君を評価しない。だから、見せしめてやりたいの」

 珍しく饒舌な紫苑。

 ちょっち可愛い。

「私、今年はケーキを手で食べるぐらい大胆に生きたいって思ってるの」

「それがどうしたんだよ」

 可愛いとか思って浮かれてる僕に対する唐突の決意表明。

 自分語りする紫苑もこれまた珍しい。

「だから瀬戸君には悪いけど、私、堂々と学校でベタベタするね?」

 今までちょっと呑気だった僕の顔が、一瞬で青褪めた。

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