心機一転新年一変

「あけましておめでとうございます」

 一度紫苑の家から戻ってきてまた紫苑の家に挨拶へ行くという奇行。しかも、僕の家で寝てる。一日くらい自分の家で寝ればいいのに。ちなみに、寝るときは抱きつかれていた。

「瀬戸君も、あけましておめでとう。今年もよろしくな」

「こちらこそ、よろしくおねがいします」

 紫苑宅での挨拶を終えて、僕の祖父宅へ〜と、地獄の挨拶巡り。神社へ行けるのは昼前だった。


「瀬戸君、覚えてる?」

「去年も一緒に回ったこと?」

 紫苑がお〜、なんてビックリしたような顔で言う。そんなに覚えてなさそうかよ、僕。

「そりゃ覚えてるよ」

「ならなら、あのとき私が瀬戸君のこと好きなの匂わせてたの、気づいてた?」

「なんとなく、な」

 全然気づいてなかったけど。これで「あははははは!!鈍感!!」なんて言われるのも癪だから適当に言っておく。これも会話を円滑にするためなんだ……ごめん紫苑!

「あははは!そう言うと思った!意外と瀬戸君って意地はるよね!」

 だにぃ!?

 もしかして:メンタリスト

「そうな」

「誤魔化すなし!」

 そう言ってゲラゲラ笑ってる美少女を小突きたいけど小突いたら小突いたで喜びそうだから放置する。知り合いに合う前に、さっさとおみくじ引い帰ろ。

「ねーねー、やっぱりわかってなかったじゃ〜ん」

 なんて後ろから言ってくる紫苑を軽くいなしながら。


「何お願いした?」

 いつかみたいに望まぬエンカウントを起こす前に早々に立ち去ろうとする僕に、紫苑が横から聞いてきた。「たこ焼き食べたい」と付け加えて。

「いつかこの日々を後悔に変えませんように」

「いいね!」

 そう言うなり目をキラキラさせて僕を見る。言いたいこともなんとなくわかるけど、なんだか流れに乗りたくない。所謂、逆張り。

「人ってね、自分が人に聞いたことは大抵聞き返してほしいんだよ?」

 美少女らしさの欠片もなく鼻で息を激しく吹き出す紫苑。何その演出。

「紫苑は何願ったんだよ」

「もう一度、一時の幸せを」

「小説のタイトルかよ」

「確かに。書いてネットに投稿しよ」

「どうせ何の反応も貰えず終わるだろ」

「夢がないなー、夢が」

 紫苑にだけは言われたくないな。

「お互い様だろ」

 そう言うと、ニシシなんて笑った。


「嬢ちゃん可愛いな」

 たこ焼きの出店の店主のおじさんにそう言われて「えーホントですか〜」なんて棒読み+作り笑いで答える紫苑。

「兄ちゃん、この子の彼氏?」

「まぁ、そんな感じです」

「えらい冷たいな」

 そう言う店主に、紫苑が笑って答える。

「そんなことないですよ!彼、いつも無愛想なだけなんで。それと、人見知りも入ってます。ホントは優しいですよ」

「そりゃ何より。オマケに一個増やしといたる!」

 そう言われて、嬉しそうな美少女。可愛いとかそう言うのじゃなくて多分たこ焼きが増えたことが嬉しいんだろうな、と安易に想像がついた。

 紫苑は、複雑だけど単純。

 一文で矛盾。

 秒で矛盾。

 だけど、そうとしか紫苑を表す言葉がない。

「あーんしてよ、あーん」

「嫌だよ」

「この美少女にあーんが出来ないわけぇ!?」

 妙に大げさに驚く紫苑に僕が驚く。うわぁ、この素振り、可愛いと思ってそう。哀れで可愛い。

「わかったよ」

 そう言うと嬉しそうにたこ焼きを渡して口を開ける紫苑に、なんだかいたずらしたくなった。口の周りにマヨネーズをつける?

 それはいつもの紫苑。

 タコ抜いてみる?

 本気でキレそう。

 僕が食べてみる?

 世界を壊すぐらい怒りそう。

 キスしてみる?

 キモいな、僕。

「はーやーくぅー」

 あ、思いついた。

 たこ焼きを爪楊枝でさして、紫苑の口に運ぶ。「あー」とか嬉しそうに声を出してる紫苑が絶叫するのが楽しみで、僕まで「あー」とかニヤニヤしながら言う。本格的にキモいぞ!僕!

「ん」

 そう言うと同時に口を閉めた紫苑の、舌の上にたこ焼きを乗せてやった。

「へっつ!へっちゅ!へふへふへふへふ」

 口を、見たことないペースでウニョウニョと動かし、タコも全く噛む素振りを見せずに飲み込んだ。

「なはは!噛めよ!」

 僕が笑うと、舌を出して犬みたいに息してる美少女。今日限りで美少女の看板降ろせよ。微少女に改名しろ。

「瀬戸君最低!信じらんない!」

「悪かったよ」

「最後まで残しておいたおかずを取られた気分なんですけどぉ!」

 それはちょっと違いそう。

「舌、大丈夫かよ」

「舐めて」

「え?」

「だから舐めて」

「エ?」

「それぐらい瀬戸君にも醜態晒してもらわないと我慢いかないし」

「嫌だけど」

「ふざけんなし!」

 可愛く睨む紫苑を見て、ゾクゾクする僕。うわぁ、キモぉ。でも、素で睨んでる方がシンプルに可愛い。

「あーんが実質醜態だから、もう許してくれよ。とりあえず水、買ってくる」

 そう言って別に不機嫌でもない紫苑をおいて、自販機に来た。のは良かったのだけれど、中学時代の同級生数人を見つけて萎縮する情けない僕と対面した。そう、同級生と対面するだけでなく、僕とも。

「あれ、瀬戸じゃね?」

「よう」

 敢えてわかりやすく、面倒くさそうに、返事をしてやる。性格が悪いでござる。あ、7月からリメイクが放送されるのを最近知ってつい、テンションが上がってしまった。語尾には気をつけないとクラスの拙者君と同じになってしまう。

「一人で来てんの?」

「いや」

「妹?」

「あー、うん」

 紫苑の説明はダルいからカット。

「お前自販機で何買うの?」

「水」

「相変わらず地味だな」

 中学時代の同級生と言っても少し話した程度の輩。紫苑がいたらこいつ、殺されてただろうな。

「悪かったな」

「そういえば後から聞いたんだけど、お前の学校、俺らの隣の中学にいた白川紫苑行ってんだろ?」

 シラカワシオン?

 誰だそれ。

 脳にそう、言い聞かせる。

「あー、なんかいるらしいな。関わりないけど」

「なんだよ。あったら紹介して欲しかったのに」

 ホントに残念そうに言うスポーツ系の、しかも見るからに野球部っぽい男。名前、なんだっけ。

「残念だったな」

「この神社、来てないかな〜」

「僕、一人待たせてるから先行く」

 水だけ買ってそいつは置いて行った。紫苑と合わせたくないし。こんな奴が紫苑にグイグイ行くの、見てられないから。

「紫苑お待たせ」

「遅いし」

「中学時代のやつに見つかった」

「あ、私もさっき、奈緒ちゃんに会ったよ」

 ソフトボール部のあの、後輩の子。名前で言われても一瞬誰かわからないからやめてほしい。

「瀬戸君にもあけおめって言っといてって言われた」

 ➝こちらこそよろしく

 メッセージで返してやった。これでいいだろ。

「水、飲みなよ」

 そう言って渡すと、一気に8割ぐらい飲んだ。やっぱり美少女じゃないや。上品さなんてまるで感じないし。謙虚さだって、ミリも感じない。

「今年は謙虚で上品で、真面目で誰にでも優しく平等に接せれる人になりたいな」

「ホントの美少女ってこと?」

 そう言うと、紫苑に小突かれた。痛い。本気でやりやがった。

「元々ホントの美少女ですぅ」

「無理だろ」

「なんで?」

「自分で自分を美少女だと名乗ってる時点で、謙虚さなんてないからな」

 紫苑が黙って空を見上げ始めた。あ、受け付けないモードに入ったな。


「小吉、紫苑は?」

「吉」

 お互い微妙なこの運勢。

「だいたいこういう時、アニメの美少女って大吉引くじゃん?」

 誰に話すでもなく、ペラペラと運勢の中身を読みながら紫苑が話し始めた。

「ここで大吉引かないのが、ホンモノの美少女なワケよ」

「どこに差を見出してるんだよ」

「誰にだって、欠点はあるってこと」

 紫苑の言うとおりだろう。完璧な人間なんて、いない。何かが欠損して、何かがそれを補ってるから、神秘的なんだ。美しいんだ。可愛いんだ。キレイなんだ。

「私の欠点も、愛してね」

「愛してるよ」

「瀬戸君の全部、私に頂戴ね」

「あげるよ、全部」

 そう言ってニヤニヤしながら、おみくじの中身を僕に見せる。

 想い人:身近にいるでしょう

「当たってるね!」

「そうな」

 大吉意外は結んで帰るのが大体なところを、紫苑は持って帰った。こういうところがなんとも個性的。

「あれ瀬戸、それ妹?」

 嫌な声がして、振り返る。さっきの輩達。

「そうだよ」

 今更面倒くさくて、訂正なんてしてられるかよ。そう思っていると、横の美少女がビックリしたようにこっちを見てきた。

「中学の友達?」

「そうだけど」

「中学時代友達いたんだ」

 そこかよ!というか、その話題はマズイだろ!

「やっぱ妹じゃねぇじゃん」

 3.4人くらいがこっちに寄ってくる。女の人を見つけると寄ってくるこの現象に名前をつけたいんですけど。どなたか、名前募集してます。

「そうな」

「誰?近所の子?」

「めっちゃ可愛くね?」

「え、てかクソかわいい」

「インスタ交換しよう」

 なんだかこの手の反応を久しぶりに見た気がする。あ、学校じゃ慣れてきたからか。

「はじめまして〜。瀬戸君のお友達ですか?」

「はい、そうっすけど」

 ニッコニコの紫苑。気味悪い作り笑顔。ちょっと不機嫌。

「私、白川紫苑って言いますぅ〜。瀬戸君とは深〜い繋がりなので是非とも連絡先の交換はご遠慮くださ〜い」

 怒ってる!二人の時間を邪魔されて怒ってるよこの美少女!

「え、付き合ってるってことっすか?」

「そこはナイショですぅ」

 ほぼ言ってるようなモノじゃないか!というかその気持ち悪い話し方なんだよ!

 ええええええええええ、なんて驚いてる隙に、連中から逃げた。紫苑はなんだか嬉しそうだった。


「見た見た!?アイツラの悔しそうな顔!」

「見てないけど」

 帰り道。結局1時間ぐらい歩き回って足も痛くなっていた。

「あいつら瀬戸君のこと絶対バカにしてたから、苛ついた」

「なんでわかるのさ」

「そういう目、してたから」

 人の目にやたら敏感な紫苑だからこそ、わかること。

「僕のために言ったなら、ありがとな」

「別にいいよ。私の自慢の瀬戸君バカにされるの、本気で嫌だから」

「そうな」

「私ああいうの、許せない。瀬戸君の本質も知らないで、瀬戸君の外面ばっかりみて、それを本質と勝手に決め込んで下に見る。死ねばいいのに」

「気分害したなら、ごめん」

「瀬戸君が謝ることじゃないよ。会わせてごめんって意味だろうけど、引きずらないから大丈夫」

 そう言う紫苑の顔は、ホントに引きずってる風もなく、薄く笑っていた。

 なんだか僕も、楽になる。

 一緒に歩いてるのが、楽しいんだ。

 この紫苑の、雰囲気が、空気が、落ち着くんだ。

 だから嫌なことがあっても簡単に、忘れられる。

 そんな一見活発で単純で、完璧な美少女なのに本来は、ミステリアスで内向的で、繊細で哀れな美少女を僕は、守ってあげたい。

 一緒に歩いてあげたい。

 庇護欲なんかじゃない。

 依存していたいんだ。

 頼られたいんだ。

 紫苑だから、守りたいんだ。

 全ての枕詞に「紫苑だから」が入るこの僕の感情も、名前がいるかもしれない。

 ふとそこで、横で歩いてる紫苑に「これからもよろしく」なんて伝えた。

 すると美少女は「こちらこそ」なんて言って、ニコッ笑って返して見せた。

 大丈夫。

 紫苑となら、何があっても。











 ※区切るポイントがなかったため、昨日今日の分が1話に纏まってます

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