夜、崩れ落ちた後

 僕の家よりひとまわりデカイ紫苑の家についたものの、鍵を探し始めて5分がたった。どこにおいたのか、完全に忘れたとのこと。今の時間は21時で、僕の家に取りに帰るには十分時間がある。しっかりしてるのかしてないのか、ホントにわからない。

 結局、探しに探して僕の部屋で見つけて戻ってきた頃には、22時半。

「お風呂沸かせてくるから、瀬戸君は手洗ってリビングにいてよ」

 薄く笑いながらそう言う紫苑に従って、今日取られてきたばかりで部屋に馴染まないぬいぐるみのように座って待つ僕。

 今日はなんだか、テンポが悪い。

 そうこれは、僕に限ったことじゃない。

 紫苑もなんだか、ぎこちない。

 それに、横に座ってくるといつも密着してるのに、今日は不思議と距離がある。

「瀬戸君、緊張してる?」

 ぎこちない作り笑顔で、紫苑が言う。

 やっぱり全てのテンポ、が悪い。

「紫苑こそ」

「緊張しなくても、私、今日する気ないよ」

 じゃあ、なんで紫苑はそんなにカチコチなんだよ。言ってることと矛盾してる。

「そうかよ」

「がっかりした?」

 覗き込んでからかうように笑ってる紫苑の顔を見て、少し緊張が解けた……と思ったけど、目があった途端に顔を真っ赤にした紫苑のせいでまた、緊張状態に戻った。

「してないから」

「一緒にお風呂ぐらいなら、いいよ」

「そんなことしたら、暴走するだろ」

 そう言うと、大げさに紫苑が笑う。

「そんなに必死にならなくても!」

「なるだろ!」

「……」

「……」

 気まずい。

 本気で、気まずい。

「私さ、実は今日までに色々、考えたんだよ」

 珍しく真面目な顔で話す紫苑を、見る。

「そういうことする日はさ、特別じゃない日がいい」

「流されてるみたいで?」

「それも勿論、あるけどさ。私達って、空気感とか日付けに縛られて身体を重ねるほど軽くないって、思いたいんだ。そう、気持ちの問題。私達の作った空気感で、私達の作った特別な日で、したい」

 紫苑は空気感とか、風習とか、そんなくだらないことより自分の心を優先する。

 自由に生きて、自由に死ぬ人間。

 だから僕は、惹かれた。

 それを今一度思い出して、胸に刻む。

 僕も紫苑を愛してるから、こんな紫苑が大好きでたまらないから、ホントは流されたいけど、自分の心で全てを制御しているのが、哀れで可愛いんだ。

「わかったよ。僕も、紫苑がしないって言うならしないから」

 それを聞いた紫苑はおもむろに立ち上がり、電気を消した。

 真っ暗になった部屋で、紫苑の気配だけが感じられる。

 暗闇に世界が染まったことにより、今まで感じていた空間の広さが一気に消えた。

 大人しく座っていると、膝の上に、重みが感じられて、紫苑が乗っかってきたことを瞬時に理解。そして把握する。

「でもさ、私だって、したいのはしたい。今日しないのは、せめて特別に生きたいからっていう、ささやかな私の抵抗。だから瀬戸君。ううん。だからとかじゃないけど、動かないでね」

 何も見えない中、紫苑の服の布が擦れる音がただただ、空間を埋め尽くしていく。認知できる世界が小さいから、より密に、紫苑を感じる。

 狭い世界で生きてる僕達は、世界を作ることを夢見てる。

 僕達の世界を、夢見てる。

 今が、二人だけの、世界。

 紫苑の体重が僕にかかるのを感じて、僕も受け入れる。

 貧弱な僕はそのままソファーに押し倒され、紫苑が僕の上で、僕の胸に顔を当てて、うつ伏せになって寝転んだ。

「どうしたんだよ」

「寂しくなっただけ」

 そう言う紫苑の頭を触ろうとすると、手で弾かれた。弾いた紫苑は、身体を前に寄せ、僕と目が合う形にする。これで紫苑が、初めて視認された。

 でも、視認出来るかどうかは僕達にとって、対して重要じゃない。

 そこに紫苑という魂があるのかどうか、それだけ。

「私、これでも疲れてるんだ。今年色々、動いて」

「僕もだよ。こんなに刺激的な日常を過ごしたのは、始めてだ」

「もう、心が疲れたんだよ。肉体だけじゃなくて、ねそれだから、一度、崩れ落ちておきたいの」

 紫苑は普段誰にも媚びず、誰にもなびかず、甘えるなんてしない。僕にだって、甘えるなんてこと、ほとんどない。だから、一度崩れて、リセット。

「好きにしろよ」

「ありがと。愛してます。愛してる、愛してる」

 僕の前髪を紫苑がかき分けて、無表情な僕に対して、薄く笑う紫苑。

 合わせてるその目は、僕の心の奥底を見てる。魂の在り方を見てる。

 そして、その魂を味わうかのように、唇を重ねた。

 僕も、紫苑の混濁した魂の味を、深く感じる。

 きっと死ぬまで一緒に生きていく人間の魂を。

「もっと、私を好きになって。こんなんじゃら私は足りないから」

「強欲なんだよ」

 そう言うと美少女は、ずるい笑顔で笑う。返答に満足したような、ずるい笑顔。

「そう、私は強欲だよ。強欲で、傲慢。でも、それだけ」

 それだけではないと思うけど。照れてる顔をしてるし。しかも恐ろしいことに、これが演技。可愛く見せるための。照れた顔も、素振りも。

 それをバレてないと思ってる。

 久しぶりに、こんな紫苑を見た気がする。

 やっぱり意外と、余裕なかったんだな。

 哀れで、可愛い。

「可愛いな」

 そう言うと、今度は本気で顔を赤くした。これは、演技じゃないな。やっぱり哀れで、可愛い。

 紫苑と崩れて、紫苑と立て直す。

 きっと人生ずっと、こうやって生きていく。

 いつか、僕達が死ぬまで。

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