聖なる夜と生なる世

「Ah!真夏のjamboree!レゲェ砂浜Big wave!」

「季節違いにもほどがあるだろ」

「Ah!悪ノリのHeartbeat!めっちゃゴリゴリ Welcome weekend」

 黙って演奏停止を押してやった。

 クリスマス。紫苑に誘われてカラオケに来ていた。聖なる夜なんて言われてるけど、紫苑のせいで「聖」という要素が壊滅的な僕達。そこにあるのは暑苦しい空気だけ。

「クリスマスに男女二人で来て歌う曲じゃないね」

 そんなこと歌う前からわかってただろ、確信犯め。

「僕が止めなかったらそのまま全部歌ってただろ」

「だって、私達の横の部屋、カップルだよ?」

 僕達もそうだろ。

「せっかく瀬戸君との初のクリスマスデートで、それも密室で二人きりなのに横から喘ぎ声聞こえてきたら最悪でしょ。だから雰囲気ぶち壊してんの」

 僕達の雰囲気もぶち壊しだろ!死なば諸共ってことかよ!

「二人の世界みたいな感じなのに壊されるのは、嫌だな」

「それも普通に話す声ならいいけど喘ぎ声だったら最悪だし」

「喘ぎ声に限定かよ……」

「聞こえてくるならそれでしょ!なんて言ったって今日は性なる日だからね」

 紫苑のとんでもない漢字ミスは置いといて、僕も適当に歌う。それに合わせるかのように飲み物を取ってくるとか言って退室する紫苑が憎くてならないけど。

「横の人たち、イチャイチャしてた」

 両手にコーラを持って帰ってきた紫苑がそんなことを言う。そんなことより、美少女でもコーラって飲むのな。随分一緒にいるけど、見たことなかった気がした。

「紫苑もそういうの、飲むんだな」

「普通に飲むよ。ちなみにソーダの方が好き」

「なら何で今日は飲むんだよ」

「聖なる日だから?」

 全然意味がわからないからスルー。僕は悪くない。基本意味のわからないことを言う紫苑が悪い。責任転嫁。エチエチコンロ鎮火。


「リーリッシュアメリクリスマス♪リーリッシュアメリクリスマス♪リーリッシュアメリクリスマス♪」

 夜。紫苑の待ち望んだ聖なる夜。早速張り切って歌なんか歌ったりして。ちなみに僕の家で皆で食べてる。チキンとか、シーザーサラダとか。

「紫苑は去年、何してた?」

「クリスマスパーティーに呼ばれて参加してた」

 そういえばそんなの行ったって、言ってた。

「瀬戸君こそ何してたのさ」

「紫苑いないバージョンの今」

「白川先輩!メリークリスマスです!」

 妹が紫苑に、張り切って何か渡してる。こういうのって、何あげたのか無性に気になる。そんな自分が惨め。

「カオルちゃんありがとー!」

 開けることもなくポケットにしまう紫苑。僕に比べて大人だな〜、なんて。

「紫苑これ、クリスマスプレゼント」

「ありがと!」

 僕の両親がいる手前上、作り笑顔を崩さまいとしているのにニヤケが止まってない美少女。哀れだな〜〜。哀れで可愛い。

「何さ」

「何にも?」

 前と違って今度は僕に余裕があるから、悔しそうな紫苑に笑みで返しやる。

 それでも照れる紫苑。

 哀れで、可愛い。

 こっそりポケットに入れてるのも、可愛い。

 形状から何か大体わかるはずなのに多分、何も気づいていないし。ホントに、哀れな生き物だ。


「ジングルベルジングルベル鈴が〜鳴る〜」

 夜道で二人。紫苑が今日は紫苑の家に泊まろうと言うから、移動中。妹も来たいって言ってたけど、寝るところがないらしくて駄目だと。

「やっとらしい歌を歌ってるな」

「瀬戸君がこっちの方が好きそうな顔してたから」

「そうな」

「どんな顔だよ」なんてツッコミたいけど、紫苑のことだし適当に言ってそうだと思って辞めた。

「月がキレイですね」

 紫苑が薄く笑って僕を見ながら、そう言う。

 いつかにも聞いた気がする。

「キレイだけど、キレイなだけだと思う」

「キレイなだけじゃ人は動かないからね」

「そうな」

 月を指差してそれから、自分を指差す紫苑。

「私は、月とそっくり?」

「いや、まるで似てないよ」

 そう言うと俯いて、嬉しそうに微笑む紫苑。

「プレゼントの中身、開けていい?」

 照れたのを隠すみたいにそういう紫苑に、黙って頷く僕。それを見て、誕生日に上げたネックレスを取り出すときのようにそっと、箱を取り出した。

 あの日と場所は違えど、やってることは同じ。

 なんだか、不思議な感覚がする。

「指輪?」

 取り出して、月へかがける紫苑。

「重いかもしれないけど、早いうちに渡しとこうと思ってね」

 手でつまんで、月と照らし合わせて遊んでる。見惚れてるような、そんな目をしてる。

「気に入ってくれた?」

 確信を持って聞く僕に、神妙な面持ちの紫苑が黙って右手と指輪を出した。その目はさっきの見惚れてる目じゃなくて、いつもの、僕の内側を覗くような、そんな目。

 この目をしてる紫苑に僕が指輪をはめる。その行為が僕にとっては特別で。

 きっと紫苑にとっても、特別で。

 紫苑は今、何を考えてるのだろう。

 紫苑は今、どこを見てるのだろう。

 紫苑は今、何を感じてるのだろう。

 目を合わせても見えないその心の奥底を、指輪を嵌めて覗こうとするその行為がおこがましいと感じるほどに、つまりそれほど美しく、紫苑が照り映える。

「今、生きてるって感じがする」

 右手の薬指に指輪をつけて、空に掲げて悦に浸る紫苑が言う。そんな美少女を横目に、暗い夜道を進んでいく。

「くだらない世の中を、一緒に生きていこうよ」

 僕がそう言うと、紫苑が僕こ前に出てきて、そっと顔を前に出した。

「聖なる夜に、乾杯」

 紫苑が小さく言う。

 何が、乾杯だよ。

「くだらな世に、乾杯」

 紫苑に流されて僕も口ずさんで、優しく、キスをした。

 雪なんか降らないロマンチックの欠片もない寒い夜に、二人で歩く。

 特別でも何でもないこの夜が、特別に成れない僕達を皮肉のように包み込む。

 必死にもがいて、最後は死ぬ。

 普通なんだ、僕達は。

 それでも、お互いのことだけが、特別なんだ。

 自分自身が、特別なんだ。

 それを確かめ合うように、何度も、僕達は口を重ねた。

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