四面楚歌

 四面楚歌とは、簡単に言うと周りが敵だらけ、という意味である。簡単に言い過ぎたか。いやいやそれでも、意味は合ってる。

「瀬戸君おはよ!皆は久しぶり!」

 この一言で、風邪を拗らしただのインフルエンザだのマイコプラズマだの言い張ってた僕の作戦は見事に決壊した。


 朝起きて、服を着る。1週間ぶりの制服だから、この独特の堅苦しさに違和感を感じるのをよそに、まだ気持ちよさそうに眠っている美少女の横顔を眺める。起こそうかと悩んだけれど、イギリスで起こそうとしたときに蹴られた恨みがあるから放置しておいた。

 歯を磨いて階段を降り、用意されている朝ごはんを食べて、紫苑を放置したまま家を出た。起きない紫苑が悪い。うん、そうに決まってる。

 ➝絶対許さないから

 携帯の画面に何やら恐ろしい文が表示されるのを確認して、黙って閉じた。


「宗次郎く〜ん、君1週間も学校休んで何してたのかなぁ?」

 普段喋らない人間にも尋問される始末。紫苑に旅行に誘われた時点でこの状況は確定してたから、覚悟してたけど。

「言ってるじゃないか。病気こじらせたって」

 勿論、コイツラはそんなことを聞きたいんじゃない。

「白川が旅行に行った途端お前も病気になって、帰ってきたと思ったら復活とは都合がよすぎるんじゃな〜い?」

「喋り方キモいんだよ」

「うるせぇ!お前は黙ってろ!」

 本気の顔でキレられて、可哀想な僕!

 何も悪くないのに!

「僕が黙ったら、答えられないけどいいのかよ」

「よくねぇよ喋れ」

 どっちだよ。

「お前、ほんとに病気だったんだよな?」

「ちゃんと親から学校にそう、連絡してるだろ」

「言い切れよ!それで今日、なんで白川さんはまだ来てねぇんだよ!」

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃ。やめてくれよ。滅多に人に囲まれることがないから、物理的逃げ場も論理的逃げ場もない僕は簡単に押し潰されるんだよ。し、死ぬ。

「おはよーござまーす!」

 おお!ここで、救世主紫苑登場!女神!あなたこそが天才美少女!ありがとう!ありがとう!

「よう!白川久しぶり!」

「白川イギリスどうだったよ」

「白川さん久しぶり!」

「紫苑おかえりンゴ」

「白川殿、ポーネグリフは集まったでござるか?」

 やっと僕から視線が他に移って、紫苑の膝枕並みの安堵感に包まれた。普段紫苑は、こんな視線に囲まれながらも気丈に振る舞ってるんだと思うと、尊敬の念がわいた。

「瀬戸君おはよ!皆は久しぶり!」

 ニッコニコの久しぶりの作り笑いで、クラスの陽気を和ませ……なかった。それはもう、修羅の国。熱気が漂い、猛者達が彷徨いている。その中に放り込まれたウサギの僕。ウサギなんて可愛らしいモノじゃないか。そう、言うなれば……そう、あれだ、あれ。もういいや。ウサギだウサギ。

「瀬戸君は久しぶりじゃないのかなぁ?」

「うん、久しぶりでもないよ」

 ここは敢えて、開き直ってみた。

「やっぱりお前……」

「昨日、病み上がりでいきなり学校行くのも辛い思って散歩してたら会ったんだよ」

 我ながらナイス!この判断は勝負を分けたと言っても過言ではない。奴らは僕に反論出来ず、許すに違いない!

「それなら、分からないこともないけど。でもお前、容疑者ではあるからな」

「僕だってこうなったら疑うと思うから、仕方ないさ」

 まだだ、まだ笑うな。それにしても、笑いをこらえるのがこんなに難しいとは……。

 紫苑はチッと不満そうな顔をして、携帯を取り出し打ち込み始めた。

 ➝朝のこと、反省してる?

 僕も携帯を取り出して、打ち返す。騒動が終わって(終わってないけど、瀬戸が白川とくっつくのはあり得ないという謎の根拠で、保留となり、一時中断らしい)

 ➝してます。ごめんなさい

 ➝よろしい。家に帰ったら、私に背中流させるか裸で逆立ちだかんな

 ➝えぇ!?

 ➝嫌ならここで、私達が付き合ってることと、瀬戸君が昨日くれた誕生日プレゼントのブレスレット、ここで見せびらかす

 ➝他の何かにしてください

 ➝私の親に、紫苑と婚約させてくださいって言うでもいいよ

 あれ、それが一番楽なんじゃないか?

 ➝別にいいよ

 ➝待って今のナシ!

 携帯を閉じて紫苑の方を見ると、悔しそうな顔で僕を睨んでいた。はは、哀れ哀れ。久しぶりに、哀れな紫苑を見た。相変わらず、外面なんて比にならないほど可愛い哀れさだ。


「で、お前、二人で旅行行ったの?」

 昼休み。須藤と木村とご飯を食べていた。いや、尋問されていた。主に須藤に。

「紫苑の両親も一緒」

「部屋は?」

「二人」

「みんなー、瀬戸が」

「おい!」

「冗談だよ」

「心臓に悪いから辞めてくれよ」

「メガホンねぇの?」

 そんなこと言ってる間でも、木村は黙って食べてる。サッカー部といるときはThe☆明るい人むて感じなのに、僕達といるときはただただ静か。

「瀬戸、休んでた間のノートいる?」

 神様仏様木村様の提案。

「いる」

「白川に貸すからそれ見てくれよな」

 フフン、と言ったように僕を嘲笑う。

 前言撤回。な~にが神様仏様木村様だ。ただの木村だった。少しでも期待した僕自身に絶望する。

「で、楽しかったのかよ」

「そりゃな」

 暴れる須藤と違って、木村といると、居心地がいい。別に須藤も悪くはないけど。須藤といると、自由な紫苑の相手をしているのと同じ気分になるから疲れが取れないだけ。

「羨ましいな」

「そうな」

 そう言うと、僕の昼ご飯は二人に全部取られた。それだけで許されるならまぁ、ラッキーかもしれない。

 結局僕達の仲は疑いが深まるばかり。このままじゃ、近うちに絶対バレるだろうな、なんて気軽に考えてる場合じゃなかった。避けられるなら、避けたい。多分今回で、疑いが確信に変わった人もいるだろう。女子何人かに、チラチラ見られてるし。

 ➝瀬戸君、良ければ放課後お話できない?

 クラスの一人からそう、メッセージが来たし。

 間違えても告白なんてモノじゃあない。さっきからそこで僕と紫苑を見比べてるグループの一人だし。

 ➝考えとく

 そう送って、紫苑にもスクショでこのメッセージを送っておく。

 ➝私にも来たし、行こうよ

 そう、紫苑からの返信が帰ってきたので行くことになった。

 やっぱり、これ以上言い逃れは出来ないかぁ。

 最悪、男子にさえバレなければというところはあるけれど。他クラスに広まることもないだろうし。

 だんだん周りに僕達の関係がバレてきているこの流れは、なんとかして、止めないと。

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