君という人間に愛をこめて

「明日学校行くとき、一緒に行ったら明らかにまずいよな」

「なんでさ」

「僕、一週間のサボりだし、紫苑が帰ってきたと思ったら来るし。もうほぼ、僕は紫苑と遊んでました〜って言うようなもんだろ」

 11月23日。勤労感謝の日で今日は休み。休みなのはいいけれど、明日を気にかける時間が増えて、それはそれで嫌。いっそそれなら、今日学校になればよかったのに……。

 なんて言ってる場合ではない。今日は11月23日だから。そう、11月23日なのだ。

「そんな不安なら、もう私と付き合ってること公言しちゃえばいいじゃん。全部解決するよ」

「しないよ!そうなった場合、僕は本格的にサボり確定になるんだから」

 一応欠席連絡は親から電話してもらってるから先生に言及される不安は無いのだけれど。付き合ってることを公言したらそれこそ、サボって遊びに行ってたことがバレバレ。

「どうしよう」

「今更悩むことじゃないさ。諦めて私と皆の前でキスしようよ」

 能天気な紫苑が羨ましい。僕、心底悩んでるのに。なんとかして言い逃れてやろうと逆に決心した。

「ていうかさ、暇なら久々にゲームしようよ」

「どんなゲーム?」

「マリオカート」

 一瞬、固まる。

「どしたし?」

 最近、紫苑の自作の喋るだけのゲームばかりだから突然テレビゲームが出てきて、ビックリしたじゃないか。なんだよ、全く。

「いいよ」

「外出でも私はいいよ」

「それは却下。もう、英国で疲れたから」

 昨日、イギリスから帰ってきて僕達は即刻寝た。同じベッドとか何も気にせず、倒れ込むように寝た。意外とかなり疲れてたみたいで。いや、意外でもないか。

 それから二人でゲームを昼前までして、昼ごはんを食べた後、紫苑は昼寝をし始めた。


 そんな中ひっそり、僕は外出していた。紫苑との外出を断ったのには、訳がある。

 それは、今日誕生日の紫苑のためのプレゼントを用意するため。

 イギリスに行く前に確か、紫苑が今日って言っていた。実は一つは、もう用意してある。それはすぐには手に入れられないのは明確だったから、買っておいておいた。

 それで今日は、もう一つ何かを買いに来た。タイムリミットは紫苑が目を覚ますまで。


「白川先輩!お誕生日、おめでとうございます!」

 一番張り切ってる妹がクラッカーを鳴らすと同時に、予約しておいたピザやらなんやらを開ける。

「私、今日が誕生日って言ったっけ?」

「前言ってただろ」

 相変わらず自分の誕生日に無頓着なやつ。

「紫苑、誕生日おめでとう。これ、僕から」

 そう言って、しれっと2階の窓の隅あたりに置いていたモノを、取ってきた。

「何これ。植物?」

「アグラオネマ・ニティドゥム・カーティシー」

「なんて?」

「アグラオネマ……」

「つまり、何?」

 せっかちな紫苑。

「直射日光が好きなのに日陰で育つ希少品種の植物」

 そう言うと、たいして大きくない鉢を持ち上げようとしてちょっと重いと気づき、持ち直してからマジマジと見始めた。

「私、この植物、ちょっと好きかも」

「そう言うと思ってた」

「これ、だいぶ前から用意してたんだね」

「そうしないと手に入らないからな」

 僕のあげたそれを愛でるように眺め、さっさと2階へ持って上がっていった。と言っても、僕の部屋に戻されただけだけど。

「白川先輩!これ、いいモノではないですど、私からです!」

「わ!香水じゃん!いいの?」

「白川先輩にはこれぐらいのモノと思ったので!」

 匂いを確認して、ポケットにさっさとしまっていた。紫苑は普段香水なんてつけないのに、どうするんだろう。ゲームみたいに装備してたらいいってモンじゃないのに。


「それでさ、私はこう言ってやったわけよ。背中を当てられるのは、美少女の恥だってね。見事!って言われたと思ったら顔面に衝撃が走ってた」

 夜20時頃、紫苑の誕生日パーティが終わった後、僕達は外の冷たい空気を吸うためにフラフラ歩いていた。

 宛もなく、ひたすらに道を歩く。どこに辿り着くか分からない道を、ただひたすらに。僕は紫苑に流されるまま。それで今、紫苑が中学生の頃に体育の授業でしたドッチボールの話をしていた。

「紫苑の顔面に当てるって、いい度胸してるな」

「その人、次の日から周りにけちょんけちょんにされるようになっちゃって、なんだか私が悪いことした気分だった」

 そんなことを話していると、小さい公園が見えてきた。紫苑がブランコに座るから、僕もその横に座った。

「シュレディンガーの猫箱の中にいる気分」

「えらく遠回しな言い方だな」

「世界に私達二人だけみたいだねって、素直に言ってもつまらないでしょ?」

 それは私らしくないんだ。という心の声が聞こえてくる。

「街明かりで、星なんて何も見えないね」

「ロマンチックなんて、そうそうないんだよ」

「私達にロマンは似合わない?」

「紫苑には似合う。僕には似合わない」

「瀬戸君は自分を卑下してるだけで、そんなことないよ。私も瀬戸君も、似たようなもの」

「外面は似てないだろうな」

「内面は?」

「僕達、内面が共有されてないと一緒にいれない人間だろ?」

「そういえばそうだった」

 そう言うと、静けさを破るように、紫苑がブランコを漕ぎ出して耳の痛い音を鳴らし始めた。

「欲望と嫉妬でまみれたこんなにも世界に、なんで私達は必死になって生きてるんだろうね!」

「嫉妬も欲望もあるのに、それから必死に目をそらそうとしてるからだろ!」

 僕も紫苑に負けじと、ブランコを漕ぎ始めた。

 音でかき消されないように、声を張る。

 世界の雑音に、僕と言う存在が消えないように。

 紫苑にちゃんと、届くように。

「私、そんなモノと見つめ合いたくないや!だから生きにくくて仕方ないよ!」

「そうな!」

「だからさ!瀬戸君の手で変えちゃってよ!こんな世界!」

「変えることなんて出来ないよ!ただ、上塗りして、いい夢に変えることは出来る」

 そこで僕が先に飛び降りて、紫苑の方を振り返る。ニヤッと笑った紫苑が、僕より遠くに飛び降りた。

「上塗りしてよ。私の現実」

「悲しい思いはさせないから。僕達の現実」

「それで、その瀬戸君を私が認知出来ないところに行ったらどうしたらいい?」

 不安気もなく、ニコニコしながら聞いてくる。試すようでもなく、未来を、楽しみにするような。

「私、英国旅行で沼にハマっちゃったんだ。ずっと横に瀬戸君がいるから、それが通常になっちゃって。片時でも離れられたら、おかしくなりそう」

 予想通り、紫苑は、一つ手に入れると次も欲しがる。紫苑に流されて身体を任せていたら、もっときっと深く、お互い依存していた。

「だからこれ、プレゼントだ」

 着てきていたコートのポケットからプレゼントを取り出して、冷たい紫苑の手に渡す。紫苑はビックリしたようにこっちを見て、プレゼントを見て、と脳の処理が追いついていなかった。

「もう、貰ったはずだけど」

「あれとは別」

「開けていい?」

「ああ」

 包を開けて、紫苑が中のモノを手にする。

「これ、ペンダント?」

「そうな」

 なんだか、照れた。

「つけてよ」

 そう言われて渡されて、紫苑の首に腕を回す。いつになってもこの美少女と顔を近づけると、恥ずかしいモノがあった。あまりにも、可愛すぎるから。今は哀れなんて感じずに、ただただ、紫苑のキレイな瞳に吸い寄せられていた。

「これ、私、似合ってる?」

「似合ってる」

 白と紫の入り混じった、ハート型のペンダント。

「可愛い?」

「可愛い」

「愛してる?」

「愛してる」

「なら、このくだらない世界に、私達の美しい世界を上塗りして、私と永遠の愛を誓ってくれる?」

「誓うよ」

「私の世界は今、変わったのかもね」

「そうな」

「瀬戸君と出会った瞬間から、私の世界の上塗りは、始まってて、今新しい私達っていう世界が作られたのかも。今までは作ってる最中って、感じだったのに」

「現実に一つでも色が混じったら、違う世界になるからな」

「私達の美しい世界、壊さないでね」

「僕が壊すことはないよ」

「信じてるからね」

「紫苑を愛してるからな」

「意味わかんないよ?」

「そうな」

「私を幸せにしてね」

「約束するよ」

「では、誓いのキスを」

 冬の迫る冷たい空気の中、冷えきった現実世界の中、生きにくくて仕方ない僕達は、お互いの熱で、お互いの心の氷を溶かし合った。

 今だけは、死んでいたい。

 誰にも認知されたくなかった。

 ただこの場にいる紫苑にだけ、僕の存在を、示したかった。

 いつまでも君のそばにいると。

 君の為だけに、君に認知されるために、僕は存在してるのだと。

 今を生きる君に、愛をこめて。

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