帰ってきた現実、帰ってくるなよ現実

 11月22日。ただでさえ寝れなかったのにとんでもなく早い時間に起こされた僕は、半分寝ながら飛行機に乗った。何時だったかも、よく覚えていない。なんだか紫苑に叩かれて、着替えさせられて、それで最後には荷物持たされた気がする。紫苑の分まで。それは覚えてる。我ながら性格が悪い。

 そしてそのままボディチェックを通り、飛行機で寝て、フィンランドで起こされては乗り換え、また寝て起きたかと思うと機内は真っ暗だった。紫苑も寝てたし。それで、もう一回寝た。

「あと2時間で日本つくよ〜」

 肩を揺らしてくる紫苑の声で目が覚める。

 知ってる天井だ。

「早いな。もうすぐ現実?」

「そうだよ。学校とかいう自我を殺すマシンに行かなきゃいけなくなるんだよ。半分自殺みたいなモノ」

 周りに合わせることがフラストレーションでしかない僕達にとって、団体行動を強要されるのは死ねと言われてるのと変わらない。

「嫌だな。一回降りた処刑台に上がり直す気分」

「何かこう、いいモノないのかな。学校に行きたくなるような」

「学校に一日行くたびに、ジュース一本プレゼント!とか?」

「それ、私達の中でお金が循環するだけだから駄目でしょ。意味ないよ」

 慥かに。無駄に消費するだけ。

「学校に来た日は一緒のベッドで寝てやるよ」

 そう言うと、目を輝かせる紫苑。

「え、いいの!?」

「いいよ。それくらい」

 紫苑は寝相悪いから、よくはないけど。それにしてもこのセリフ普通、逆だと思う。

「それなら現実に戻ってもなんとか、生きてられそう」

 そう言って、僕の肩に頭を乗せる。いい匂いがして、僕も跳ね除けるようなことはしなかった。

「私達、同じ匂いするね」

「1週間、シャンプーもボディソープも洗濯の柔軟剤も一緒だったんだから、そりゃそうだろ」

「んーん。私と同じ人間の匂い」

 ゾッとした。人は身近な人から影響を受けるモノだと思ってたから、多少なりとは理解できる。でも僕から、そんな紫苑みたいな危ない匂いがするのだろうか。

 そう言えば最近、南さんにも死なないで〜なんて言われたし、委員長にも似たようなことを言われた。想像してたより強く、紫苑の影響を受けてるのかもしれない。ということはつまり、紫苑の危なげがなくなったと思っていたのはもしかして、僕が同じ領域に入ってしまったからなのかもしれない。

 だからつまり、紫苑は変わらず、危ない。いやでも、それでも、紫苑と同じになったのなら、紫苑が消えるとき、僕も同じく消えられるのかもしれない。

 そう思うと、身体が軽くなる。心に一瞬刺さった釘のようなものが、抜けていく。

「紫苑と同じ匂いなら、一緒に生きていけるかもな」

 死が僕達を、分かつまで。


 日本に昼に戻ってきた僕達。勿論迎えなんてあるはずがないので、紫苑の両親に連れて帰ってもらっていた。お昼ご飯も食べさせてもらった。わかめうどん。

「日本食最高!」

「わっかるー!」

 僕までテンションが上がって、変なことを言う。いや、変な口調で言う。

「明後日からまた学校か〜」

「紫苑がちゃんと学校行ってることに僕達はビックリしたけどね」

 紫苑の両親揃って、紫苑は学校をずっとサボってると思っていたらしい。確かにサボってそうだけど。というか、それで放置してていいのか、なんて思考がよぎる。

「仮に紫苑が学校行ってなかったとして、紫苑にずっとサボらせてても良かったんですか?」

「そりゃまぁ、紫苑の人生だからね。好きにしたらいいと思うんだ。だから安全かどうかだけ僕達親が確認して、それ以外は全部任せてるんだ」

 所謂、放任主義。いいな〜、僕の家も放任主義だったら良かったのに。

「それで紫苑、今日はどっちの家に帰る?」

「瀬戸君の家」

 あ、そうだった。そういえば紫苑、僕の家に住み着いてるんだった。

 前に「住み着いてる〜」なんて言うと「住み憑いてるみたいに言わないでよ。私、妖怪じゃないから」とかなんとか言ってたから「住んでる」って言わないといけないらしい。面倒くさい奴。

「それとも、瀬戸君が私の家泊まる?」

「いや、僕は僕の家に……」

「いいじゃん!我ながら名案だ!瀬戸君、今度は逆に私の家泊まりなよ!」

「いやでも」

「お父さん達今日はいるから、明日から来なよ!歓迎するからさ!」

 ダーーーンボォ!(あーん、もう)

 なんで勝手に全部決めるんだよ!!

 家には勝手に泊まるし、僕の意見なんてこれっぽっちも聞かずに今日も僕の家に帰ろうとするし。

 そして僕の家に二人でおりて、より、現実が現実味を帯びた。日本に、帰ってきてしまった。

 憂鬱な日々、増えてくトラウマ。

 そんなものを刻む為だけに存在する現実を、また明日から過ごすんだ。一回逃げたから余計に嫌だ。

 一回サボって味をしめるとそれを続けたがるのと同じ。

「また、私達の時間が始まるね!」

「そうな」

 元気な紫苑に呆れてる僕をおいて、人の家に先に入っていく紫苑が、僕は羨ましかった。

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