美少女≠深夜
フラフラしたり何か食べたり寝たり、まるで日本にいるかのような適当な生活を送った5日目を終えて、僕達は6日目の昼を過ごしていた。公園で。
「イギリス、短かったね」
旅行あるある。終わってみれば短い。
「そうな」
「イギリスはだいたい行き尽くしたから今度はオーストリアとか行きたいな」
「オーストリアって特別に何かあったっけ」
「音楽の都」
紫苑、音楽とか興味あったっけ。
「私、ピアノやってたって言わなかったっけ」
「言ってないと思う、多分」
最近、紫苑が突然色んなことを言い出すから何を聞いていて何を聞いてないかわからなくなってきた。僕が忘れてるのが原因じゃない。紫苑のせい。そうそう、紫苑のせい。
「だから結構興味あってさ。行きたいんだよ」
「また行こうよ」
さっきまで遠くを見ていた紫苑が急にこっちを向いてきたから、零距離で目を合わせる。何故か僕がなんとなく目をそらしても、まだ見つめ続けてきた。
「私とまたヨーロッパに来るまで、ちゃんと私の横にいてね」
「そうな」
言われなくても、いるつもりだし。
そう言うと紫苑はまた、遠くを見始めた。
「またこうやって、私と瀬戸君の二人で、芝生に寝転びたいな」
「ダンボール持ってきて芝生を滑り降りたい」
「それなら雪の日にソリで滑りたい」
「それはなんだか一般的過ぎて面白くないだろ。なんだかこう、変なことしたい」
「なら、何も持たずに転がればいいと思う。シュールで面白いと思うけど」
それ、ただ僕一人恥ずかしいやつ。それに、体育祭のピストルで撃たれたフリして倒れるのと肩を並べるレベルで面白くないし。
「僕は自身多分、何も面白くないと思うけど」
「私が楽しめれば、それでよくない?」
どこまで自己中はんだよ。可愛いけど。あ、自己中なのが可愛いって、大概僕も狂ってるな。なんて一瞬で自覚する。
「どうだろな」
「そろそろ帰ろうよ。お尻、濡れてきた」
芝生は気候のせいもあって湿っていたから、長時間座っていると冷たくなった。立ち上がる紫苑に僕もついていった。ほら、いつまでも僕はちゃんと、紫苑の後ろについてきてるじゃないか。心配しなくても僕はきっと、紫苑がどこに行きたいと言おうとついていく。
「ヤバい、全く寝れない」
深夜1時。昨日寝すぎて目がギラギラしている僕達は、まだ電気すら消していなかった。珍しく紫苑も起きていて、寝れなくて焦っている。
「僕も。目を閉じようとすると拒否反応が起きて、気がつくと携帯見てる」
「私も。知らない間にSNS見てる。怖い。現代科学と私の脳が怖い」
「なんだよそれ」
意味のわからないことを言ってる紫苑を、いつもなら放置しているところだけど今日はそうも行かず、いやというか、僕も眠れないから相手をしようという気が起きて、言葉を返した。
「現代がSNSなんていうとんでもないモノを生み出したから、こうして私が寝れずにいる。そうは思わないかね?」
あぁ。時間が紫苑をおかしくした。紫苑の話を聞いてる僕の時間と紫苑の頭を返してほしい。
「思わない。昨日12時間近く寝るのが悪い」
「瀬戸君も寝てたから人のこと言えないでしょ。暇だし、瀬戸君のベッド行っていい?」
「いいよ」
ゆるい服装をした紫苑が、緩い顔をしてやってくる。デレデレしてる。紫苑って、僕以外と付き合ったことないらしいから、意外と男に対する耐性がない。普段、学校で絡んでくる男に対しては拒絶してるし。
三点結晶!私は、拒絶するーーー。
誰もわからないネタを擦ると嫌われるからやめようね、僕。
「今キスしたら、何の味がすると思う?」
「夜ご飯に食べたパンプキンスープの味」
「私もそう思う。それと、ためしてみたいとも思う。Shall we do kiss?」
僕の返答なんて待ってくれるはずもなく、僕の唇は閉ざされた。
「パンプキンの味がした」
ぷはぁ、なんて大袈裟にリアクションを取る紫苑が言う。
「僕も、パンプキンの味がした」
「何いってんのさ。美少女のキスからは蜂蜜の味がするんだよ」
しないよ。
「誰でも一緒だろ」
「私のキスは混沌の味〜」
それは確かにしそう。心理状態をキスの味で表せたら、面白そうだよね。というか、蜂蜜の味はどこいったんだよ。適当にも程があるだろ。
「私の身体の味、知りたい?」
「知りたいけど、また今度な」
「欲望は欲望のままに解放してこそ、欲望なんだし」
「それしたら、ただの猿だろ」
「私がこれだけ誘ってるのに、なんでしてくれないの?」
「僕達がしたら、それこそ、歯止めが効かなくなるだろ」
「その言い方えっちだね」
枕で軽く叩いてやった。
「僕達多分、溺れるみたいになるから」
「なんか想像つくね。私、強欲だし。もっと欲しくなりそう」
あ、紫苑って強欲な自覚、あったんだ。なんだか安心した。ないと思ってた。
「だから、また落ち着いたらしような」
「いつでも待ってるからね」
電気を消して、二人で密着する。
こうしてる間が一番、充実している気がする。
気持ちがいい。
紫苑の肌を感じて。
僕はその夜、全く眠れなかった。
そして紫苑の目を見ると不思議と常に、目が合った。
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