美少女=空虚

 植物園の帰り道。僕達は街中の店を巡っていた。お土産を買ったり、服を買ったり。

「見て、ケンブリッジのパーカー」

 日本で来たら絶対暑いような、モコモコのパーカー。

「僕も買おうかな」

「お揃いのにしようよ。学校で一緒に着てそれで、自慢しよ」

「バレるから嫌だよ」

「え〜。つまんないの」

 その他にも、有名な映画の衣装なんかも置いてあった。

「オパグノ」

「襲え、じゃないんだよ」

 置いてあった杖で、僕に魔法をかけてくる。これはこれで、可愛いんだよな。でも、カッコつけて纏ってるマントが裏表逆なのがまた哀れで可愛い。これは珍しくわざとやってない間違い。クラスの人間は気づいてないけど、紫苑のやるミスは大抵わざと。

「それにしてもさ、瀬戸君も私とのデート、だいぶ慣れたよね」

「そう?」

「そうだよ。初めてのデート、覚えてる?」

「確か、カフェ?」

「そうそう。恋に恋する青春パフェ」

 懐かしいな。その時は南さんと須藤もいたっけ。

「確かに、あの頃に比べれば慣れたかな」

「間接キスするだけで照れてたのにね」

「それは今も変わらないよ」

「なんでさ」

 自分のスペック考えろよ!紫苑相手に照れないやつなんて、いないだろバカ!なんてツンデレみたいなことを言っておく。男のツンデレに需要なんてないのに。僕、キモい。

「そうな」

「会話成り立ってませーん。ちゃんと答えてくださーい」

「紫苑が可愛いからだろ」

 そう言うと、キシシなんていたずらっぽく笑う紫苑。

「知ってたよ」

「言わせたかっただけだろ」

 呆れる僕。無視する紫苑。すでに彼女の瞳はテディベアに釘付けになっていた。

「見てみて!かわいい!」

 テディーベアを抱き締める、紫苑が可愛い。

「可愛いな」

「でしょ!?私、人間よりよっぽどぬいぐるみの方が可愛がれる」

 そういえば、修学旅行で買ったチンアナゴを紫苑のベッド(僕のベッド)で抱いて寝てた。わかるわかる、可愛い。僕もクマのぬいぐるみは結構好き。

 え?キモいって?

 男女平等社会に男はクマのぬいぐるみは抱いてはいけません、なんて法律はないからキモいなんて関係ない。

「それ買ったら、ベッドの中キャパオーバーになるだろ」

「チンアナゴとテディベアだけなら大丈夫だよ多分!あ、瀬戸君のスペースはなくなるか。ごめんね?」

「僕は関係ないだろ!」

「あるよ!私、瀬戸君も抱いて寝たいの!」

 どこまで強欲なんだよ!僕の方が大きいんだから入りきるわけないだろ!我慢しろよ!

 なんて言っても聞くはずもないから、黙って見ておく。

「それにしても、さ、私、人形って羨ましいと思うんだよね」

 無表情のくまちゃんを自分の頭に乗せ、しばらくしてから降ろしたりして可愛がりながら言う。

「大量にいても、一つのキャラクターとして扱われるから?」

「そういうこと!」

 That's right!と指を鳴らして見せてくる。

「大多数に紛れてても、自分を自分だって認識出来るってことだからね」

「僕達人間に、それは無理だな」

「なんだか、自分を見失った気になるよね。自分の意思に従ってるのかそれとも、他人に言われたことを鵜呑みにして生きてるのか」

 それはつまり、死んでるのと変わらない、ということ。シュレディンガーの猫箱。大多数として生きて、周りから認識されなくなったらそれはもう、死んでるのか生きてるのかわからない。

「でも人形なら、大多数いても個で認識されるもんな」

「それに憧れるからって、私のクローンが大量に出てきたらそれはそれで……あれ、意外と便利かも」

 紫苑が大量なんて、この世の終わりだろ。その一人たりとも話を聞かないんだから、それぞれがやりたいことを言って、それぞれが勝手に動いてお互いの意見を聞こうともせずバラバラに動くんだろ?

 なんだよその地獄。僕はその全てに振り回されるっていうことだし。僕はきっと、1週間も生きていけない。

「どこが便利なんだよ。想像しうる限り、最悪しか思いつかないんだけど」

「そんなことないでしょ!私だけで作るハーレム出来るよ」


「瀬戸君、私のこと好きだよね?」

「好きだよ」

「ねね、瀬戸君。こっち見てよ」

「瀬戸君見て!すごい絶景だよ!私の素肌が見れるよ!」

「私の方見なよ」

「いや、こっち見ろし」

「あ、何目逸らしてんのさ」

「ちょ、逃げんなし!」


「地獄以外の何でもないだろ!」

「えぇ〜!?」

 テディベアを強く抱きしめて驚く紫苑。

「いっぱいいる私とイチャイチャ出来るんだよ!?」

「それが地獄なんだよ!」

「そんなに私とイチャイチャしたくないの!?」

「一人の方向いたら、残り全員に引っ張られるだろ!」

 想像して、クマを引っ張って、一人で納得していた。というか、そのクマそんなに気に入ってるなら早く買えよ!

「言ってることは〜、わかった。でもでも、交代で色々役割こなしていったら、便利じゃない?」

 確かに便利だけど。

「でもそれこそ、オリジナルの自分がどれかわかんなくなるだろ」

「そんなことないよ。私なら私がどういう立ち位置にいるか、ちゃんと認識出来るから」

 だから大丈夫!なんて言って、もう一匹クマを連れてお金を払いに行った。

「二匹買うのかよ」

「一匹は瀬戸君の。一人だとなんだか、可哀想じゃん?」

 ほら、私も一人だと生きられないから。なんて付け足して紫苑が抱き締める。


 その後、僕達はココアを買ったり紅茶を買ったりして、ホテルに戻った。

 何かをしたようで、何もしてない。

 そんな何もない時間も、たまにはいいな、なんて感じる。

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