欲、逃げ出したあと
やけにベタベタひっついてくる美少女を連れて、部屋に戻る。歩いてる途中、ずっとニヤニヤしていて、珍しく腕なんか組んできていた。
「なんだよ」
「なんでも?」
通りすがりの西洋系のカップルが僕達を見て笑う。その羞恥心をひたすらに耐える武者修行みたいだ。メガホンで叫びたい。
違います!
違うんです!
僕は決して、彼女で遊んでいるのではありません!
そんなドライな関係じゃありません!
信じてください!
部屋につくと、時計はもう9時を指していた。
「僕、先にシャワー浴びるよ」
「いいけど、珍しいね」
家でも大抵、紫苑が先にお風呂に入るから。
「なんとなくだよ」
今は一刻でも早く、紫苑の前から逃げ出したかった。紫苑に長時間くっつかれて、甘い匂いと紫苑の身体の柔らかな感触に、脳が支配されそうだから。こんな時間が更に続いたら、おかしくなる。意識を一度シャットダウンして、全てを0にする。
シャワーを浴びていると、全ての重りが、僕から落とされるような気がする。中学生の頃、部活から帰ったあとに親に言われるがまま嫌々浴びていたことが不思議でならない。あの頃は、現実にこんなに闇を抱いていなかったんだろうな、なんて羨ましく思う。
「瀬戸君、手洗いたいから入っていい?」
「いいよ」
僕のシャワーの音と、しおんの手を洗う音が同時に聞こえて、なんだか変な感じがした。自分が裸なのに、横に彼女がいる。その現状を理解したことにより、余計に気恥ずかしくなった。
水の音が止まって、シャワーを出ようとして気がついた。ドアを開ける音を、僕はまだ聞いていない。よく見るとなんだか、カーテン越しに人影が見えるし。
「紫苑?」
返事がない。ただの屍のようだ。
「そこにいるんだろ」
「いないよ」
「いるじゃないか!」
あははははは!なんて大きな声で笑われる。僕からしたらそんな笑いですまない。
「一旦出てくれよ!」
「瀬戸君の服、いい匂いするね」
慌てて首だけ出す。整った眉をあげて、さらに口角なんかも上げてる紫苑と、目が合う。
「本気で私が瀬戸君の匂い嗅いでると思った?」
「正直、紫苑ならやると思った」
「私、やるもんね」
「やったのかよ?」
恐る恐る、聞いてみる。
「やってないよ?」
紫苑との心理戦らあまりにも不利。その顔から、何を考えているのか読み取ることは全くの不可能だから。数多の男達が紫苑のその思考を読み解こうとして、無様に散っている。この手の正解は、そもそも心理戦を行わないこと。
「そうかよ」
「出てこないの?」
「出れないんだよ!」
またしてもゲラゲラ笑いながら、僕の首だけだしてる現状を笑う。誰のせいだと思ってんだよ!逆のときもやってやろうかな。いや、紫苑なら普通に出てきそう。そして、完全敗北まっしぐら。僕も異世界から勇者を召喚して、紫苑という名の魔王を倒してもらおうかな。
「いつになったら自分の殻から出てきてくれるのさ」
「その言い方だと、成長しきってない子供みたいじゃないか」
事実だけど。
「出てきたら、楽になるよ。あとは私にされるがままになるだけ!」
それ以上の恐怖は、この世に存在しないだろ。あの同じクラスの人間たちが、このセリフだけ聞いたらまるで天国と勘違いするだろう。だが、実際はそんな生易しいもんじゃない。白川紫苑を舐めてもらっちゃあ困る。写真はまず、確定で撮られる。鑑賞用だかなんだか理由をつけて。それにそれに
「うわ〜、なんにも特徴の無い身体だね〜」
なんていじってくることはもう明白。最終的にはほら、言わんこっちゃない!今もニマニマしてカーテンを覗こうとしてる!!開けられたら一貫の終わり。あとは笑われて惨めな思いをするだけ!
「自分に自信が無いのが悪いんだよ」
ふっ。思考はとっくに、読まれているらしい。潔く、諦めたくなってきた。
「欲にまみれようよ」
「誘ってんのかよ」
「ずっと誘ってるよ」
スッキリしたような顔で言う。せめてもっとこう、緊張してほしかった。きっと、僕なら手出ししないっていう、自信なんだろう。だんだん、癪になってきた。
「僕が本気で紫苑を押し倒したら、どうするんだよ」
目だけ天井を向いて、ん〜、なんて言ったあと、顔を赤くした。急に照れるとこっちまで照れるだろ!忘れてた、この人、美少女だった。しかも何より、自分では顔が赤くなってるなんて気づいてない。まだ、余裕があるなんてきっと思ってる。
哀れで、可愛い。
「そのときはもう、瀬戸君に任せるよ」
何かを受け入れたように、紫苑か言う。
やめろよ。
やめてくれよ。
僕みたいな人間に、全てを投げるのは。
いつも紫苑の後ろか横にいるのにこういうときだけ、前に出すのは。
僕が黙っていると、紫苑がクスッと笑う。
「なにマジになっちゃってんのさ!後でお父さんが忘れないうちに私の家の合鍵渡しに来るって言ってたから、しないよ!」
それなら余計に、ツッコミどころが増えた。
「なら何しに来たんだよ!」
「だから、手を洗いに」
「そろそろ僕、寒くて風邪ひきそうなんだけど」
真っ裸でシャワーも浴びず、ずっと立たされている可哀想な僕。あれ、僕が一番哀れじゃない?
「出てきたらいいのに」
「紫苑がいるから出れないんだろ!」
そう言うと紫苑がキョロキョロして、置いてあった僕の服を持って逃亡した。
「おい!」
慌てて飛び出し、タオルを適当に巻いてお風呂場を出ると、思いっきり匂いを嗅いでるド変態の姿が。
ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。
「はぁ〜〜、いい匂い」
「何やってんだよ!」
そう言うと、服を投げられた。僕のじゃなくて、紫苑の。
「それ、私が明日着る予定の服一式だよ。匂っていいよ」
「匂えるわけないだろ!」
紫苑がやっても捕まらないけど、僕がやったら捕まる。男女平等の社会の実現は即急に達成せねばならない。この世界のために。
「次、私がシャワー浴びてくるから!一緒に入りたくなったら勝手に入ってきてね!」
そう言ってバタバタと、シャワーを浴びに行った。
直後、お義父さんが現れて、合鍵を渡される僕。さっきまであんな会話してたなんて、言えるはずもなかった。
また欲から逃げ出して、ズルズル過ごしていく。紫苑が本気かもわからないし、手出しは無用だと思っている今、僕はどうしたらいいのかわからなくなってきていた。
「高校生でそんなこと〜」
なんて言ったら真面目か!なんて言われそうだし、言うに言えなかった。紫苑の身体に一切触れないのもそれはそれで紫苑が傷つきそうだし、欲望のままに触れるのは、人間として死んだも同然。それはただのサル。
でもこのままきっとずっと、逃げてるわけにもいかない。
真面目に、向き合わないと。
一人で勝手に、決心する。
紫苑はとっくの前に向き合ってそうだから、やっぱり僕は、いつまでも後ろにいるんだな、なんて思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます