ディナーはご挨拶の後で

 紫苑に言われたとおり、19:20に間に合うよう、準備をしていた僕は。羞恥心なんてモノを紫苑が感じるのか「着替えるから後ろ向いてて」と言われて、壁に向かって宇宙と交信していた。珍しく時間が明確に示されているのが非常に怪しい、嫌な予感がする、なんて宇宙人達に知らせておいてあげた。

「もうこっち向いていいよ!」

 そう言われて振り返ると、いつもはワンピースやらジャージやらの適当な服を着てるのに、ドレスのような、着飾られた服を着ていた。

「What do you think?」

 照れる風でもなく、笑顔で聞いてくる。

「すごい、キレイだ」

 紫苑は、何を着ても大抵可愛くなる。でもまさか、着飾ってここまでキレイになるとは、思わなかった。思わず、見惚れる。紫苑の全体像が、脳裏に焼き刻まれていくのがわかる。僕はきっと、この紫苑を、一生忘れない。

「そんなに感無量〜みたいにならなくてもいいじゃん。いつでも見れるよ、私なんて」

「そうな」

 なんだか僕の方が、照れる。

「それじゃ、行こっか」

 あれ?

 紫苑がこんな服装してるのに、僕は今、どんな服着てる?

 フツーの白の長袖Tシャツの上にセーター、そしてまたその上からコートを着ていて、ズボンは紺のGパン。

「どしたし?」

「僕、こんな格好でいいのかよ」

「カッコいい……とは言えないけどまぁ、いいでしょ!」

 僕は全然良くないと思うけど。

 不安に思いながら部屋を出ると、紫苑の両親が正装で待っていた。

 死にたかった。

 自分が、惨めすぎて。

「あの、僕……」

「どうせ、紫苑がちゃんと伝えてなかったんだろ?」

 おっしゃるとおりです!!全てを理解してくれる紫苑の父が、神のように見えた。

「私、ちゃんと伝えたよ?」

「なんて伝えた?」

「19:20に夜ご飯って」

「それじゃ何も伝わらないだろう」

 怒られる紫苑が、120度方向ぐらいに目を逸らしていた。うんうん、紫苑が悪い。

「すまないね、瀬戸君。予備のネクタイはあるけど、それだけじゃあまりにも不自然だから、そのままで来てくれるかい?」

「大丈夫ですよ」

 ごめんねぇ〜。なんて紫苑の母も付け足してくれた。圧倒的に、紫苑が悪いのに。僕が見ても、変わらず半ニヤケ顔で120度方向を見てる。

「何さ!!」

「なんでもないけど」

「私、後で怒られるの確定じゃん」

 はぁ〜。と大きな溜め息をついてるけど、同情する気なんてサラサラ起きない。僕の方が惨めだし。怒られて貰わないと困る。


 紫苑と僕、その前に紫苑の両親という形で、席に着いた。僕は、圧倒的場違い。英語で話してる貴婦人達が時々クスっと笑うのが、僕を嘲笑しているようにしか見えなかった。

「Do you have something to drink?」

 僕なんかとは比べ物にならない程のイケてるウェイターが突然現れたかと思うと、紫苑の父親と少し話した後、サラッと渡されたチップをもらって足早に去っていった。

「なんだか、カッコいいですね」

「瀬戸君もいずれ、出来るようになるさ」

「この人だって、最初はこんなに手慣れてなかったのよ?」

 紫苑の母親が、僕を励ますように言う。そんなようには全く、見えないのに。

「それにしてもすまないね。紫苑にはかなり、手を焼かされているだろう」

「否定は出来ませんね。今日も実際、そうですし」

 少し笑ったように「そうだな」と答えてくれた。

「なかなかに直接的に言ってくれるね。それでも、そうしないと紫苑の横に立つ人間にはなれないか」

 そう言いながら、運ばれてきた赤ワインを受け取り、軽く口に流していた。僕は紫苑の父親のようにはなれる気が全くしなくて、いかに自分の彼女がセレブか、今更理解する。もう、遅いけど。ちなみにこの会話中、紫苑は虚空を見つめていて、何考えてるのかわかったもんじゃなかった。多分、何も考えてないけど。

「それで、言いたかったことなんだけど……」

「なんでしょう」

 そう言ってる間にテーブルに前菜が運ばれて来て、静かに並べられる。なんとなく気になって紫苑の母親を見ると、変わらずずっとニコニコしていた。紫苑と、同じ気配がする。今も多分、僕のことをよく見ているのだろう。

「僕達は基本病院にいて、忙しくしているのは知っているだろう?」

「はい、存じ上げております」

 そんな会話を気にすることなく、紫苑はフォークで前菜をぶっさし、こっちを見ながら口に運んでいた。姿勢を崩さず食べてるのが、育ちの良さを伺える。

「これからきっと紫苑はどんどん瀬戸君に依存して、君と君の家に迷惑をかけることになるだろう。それを先に、わびておこうと思ってね」

「滅相もないですよ。寧ろ紫苑さんには、僕が引っ張ってもらっています。紫苑の独特の感性が、紫苑の世界の見方が好きなので、迷惑なんてとんでもないです」

 そう言ってくれると嬉しいよ。と小さくいい、起用に前菜を口に入れた。紫苑とその母は二人で見合って「何よ」とか言っていた。この親子、仲いいよね。前もわざわざクラッカー用意したり。

「それで、モノは相談なんだけどね」

 今度は、紫苑の母が、口を開いた。

「紫苑のこと、当分の間預かっててもらえないかしら?」

「何か、なされるんですか?」

「この時期になると、病院が忙しくてね。それでいてこの子は、一人にしておくと健康は無視するし、室内で変な遊び始めるしで大変なのよ」

 そういえば、ひたすら菓子パンを食べてたり、晩御飯も菓子パンにしてたり、昼も菓子パンにしてたり。

 あれ?

 紫苑って菓子パンしか食べない?

 流石にまずいだろ。どれだけ偏食なんだよ。紫苑の方を目だけで見ると、こんな会話は気にもならないかのように、ひたすら前菜を食べていた。

「僕も、紫苑の健康面はだいぶ心配なので、大丈夫ですよ。僕の家族も、乗り気ですし」

「それと何だけどね。この子と出来れば、ずっと一緒にいてあげてほしいの」

 紫苑が、飲んでいたジンジャーエールを吹きかける。僕は胃液を吹きかける。

「ちょっとお母さん、何いってんのさ!」

「いいじゃない。紫苑だって、それを望んでるでしょ?」

「そうだけどさ!手順が無茶苦茶すぎて私が怖いんだけど!」

「お母さんとお父さんで決めたことなの。紫苑のことを表面上で見ないで、その心の内までしっかり見てくれる子。そんな子と、一緒にいたほうがいいって」

「それは私が決めることだよ!」

「とにかく、ね、私達は瀬戸君との交際を認めてるって言いたかったの。こんな子だけど、見捨てないであげてね」

 僕が紫苑を見捨てるなんてことは、最初から有り得ないことだけど。

「で、何が言いたいかって、お義父さんお義母さんって呼んでいいって言いたかったの」

 回りくどいにも程があるだろ!いやいや、紫苑と同じ血が流れてることを思うと、これが直接的か。

「わかりました。お義母さん」

「なんでもう結婚するみたいになってんのさ!」

 紫苑がブーブー言ってる横で、僕も前菜を食べ始めた。

 この変な僕の服装も、不思議と気にはならなくなっていた。紫苑と業を背負えるからかもしれない。

 いや、立てばどうせ、気になるか。

 立ちたくないな〜〜。

 帰りたくないな〜〜。

 立てば地獄。歩けば地獄。

 願わくば、ずっとディナーにしておきたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る