周る廻る世界が回る

「イギリスといえば、絶対行っときたいところがあるんだけど」

 モーニングとは思えない時間に起きた紫苑が、朝ご飯兼昼ご飯を食べながら、眠そうに、話す。

「もう11時半だけど、今から行けるとこ?」

「余裕で行けるよ」

 自信満々にドヤ顔で答えてくれる。ちなみに、紫苑の両親はとっくの前に出かけていた。もうすでに出遅れている僕達。紫苑が起きないせいで。心底、恨んでる。

「で、どこなんだよ」

「旧グリニッジ天文台」

 本初子午線。世界の中心ってわけじゃないけど、経度0度だから世界の軸としては、中心と言えば中心。

「それは僕も行きたいな」

「なら、これ食べたら行こっか」

 そう言う紫苑は、ポテトをポイポイ口の中に放り込んで行く。フィッシュアンドチップス以外を食べたら死ぬことを初日に学んだ僕達は、1週間、これしか食べないと決意していた。ちなみにマカロンと紅茶は、死ぬほど美味しい。1か0しかないじゃないか。紫苑みたい。


「天文台の見学も出来るんだって」

「いいじゃん。入ろうよ」

 中の通路は狭すぎて、人一人あるのが精一杯だった。

「階段、軋んでるんですけど。私、このまま落ちちゃうかも」

「落ちるとか言うなよ」

「なんで?」

「僕まで怖くなるだろ!紫苑より重いのに!」

 展示場まで来て、空を見上げる。別に何も変わらなかった。変わったら変わったで怖いから、なんだか安心する。

 天文台から降りてきて、本初子午線に引いてある線を綱渡りみたいに、落ちないように辿る紫苑の写真をなんとなく、撮る。それが可愛くて、旅行期間だけ携帯の待ち受けにすることにした。僕も相当、浮かれてるらしい。

「ここを0度にして、世界って回ってるって思ったら、なんだか感じるものがあるね」

 何も感じなさそうに紫苑が言う。何を考えてるのかわからないその瞳には、この線が、どう写ってるのだろう。ただの道に引かれた白線のように見えてるのか、世界の真ん中と、ちゃんと捉えてるのか。

「私の世界って、どこを中心として回ってるんだろ」

「紫苑の世界は、紫苑を中心としてそうだけど」

「違うよ。私は何かを中心として、自分っていうモノとか感情を動かしてるの。私の行動全てに、細かい理由は絶対ある。でも、その根源って、何だろなって」

「思ったより、単純な感情かもな」

「私は私のルールに従って動いてるっていうのは瀬戸君も、知ってるよね?」

 寧ろ、そういう行動しかない。完全な、自分ルールで紫苑は動いてる。

「うん」

「ならさ、私のその自分ルールの根源って、何なんだろ。何を目的として、何がしたくて、自分でルールを作ってるのか、だんだんわかんなくなってきた」

「自分が幸せになるため、だろ」

 突然紫苑がお土産コーナーに走る。なんとなく、僕もあとを追いかけた。そして、懐中時計を持って僕を待つ紫苑。

「この時計は、この針の真ん中が軸で回ってる。で、その根源っていうのは、世界に時間っていうものを示すため」

「そうな」

「私は、自分が幸せになるために、私の感情を回してる。瀬戸君が言うから、きっとそう。色んな感情が私の中で周っていて、私の輪廻も廻ってる。そうやって、私という世界は私が回してる。物語っていうのは、一つのテーマに沿って回ってる。私っていう物語のテーマって、なんなんだろ」

 紫苑の世界、僕の世界、僕達の世界の、テーマ。ずっと何かを探して、僕達は生きてる。その答えを今きっと紫苑は、探してる。身近にあるような気もするけど、多分、考えても見当たらない。

「きっといつか、わかるときが来る。僕達の世界のテーマはきっと、幸せなんてモノじゃない。それは多分、過程に過ぎない。それを二人で生きて、探していこうよ」

 きっとこれは、何事にも通じること。僕達が深く考えてるだけで本来は、気にも留めないこと。でもそんなくだらないことが、現実を生きるのが難しくてたまらない僕達にしたら、大きな問題になる。今、何を考えて生きてるのか。生きてる意味はいったい、どこにあるのか。そんなことが。

「なんだか私達って、お互いのことが好きだから付き合ってて、これからも長くずっといたいって気持ちでいたけど、二人で探すモノ、二人で具体的に作るモノが、やっと出来た気がする」

 僕達はこれから、作っていくのではなく、探していく。作るという作業はもしかしたら僕達には早かったのかもしれない。

 そう思うと、僕達の交際も、次の段階に行ったのかな、なんて思う。生きにくい現実で生きる僕達だから、素直になれない。こんなこと考えずに、普通に過ごせばいいのに。そこらのカップルみたいに、欲にまみれていればいいのに。

 それもこれも、白川紫苑という人間と生きてくからのことなんだろう。僕は、こういう哀れな人間が好きなんだ。紫苑程の容姿があれば、絶対に彼氏なんて大量に作れる。それでも、生きにくい世界で生きているのが、哀れで可愛いんだ。

 思ってる以上に、この世界は退屈しない。現実という世界は、退屈しない。思考を止めるから、何もないように見えるだけで。これからは紫苑のように僕も、もっと考えて生きていく。何かを二人で作り上げて、生きていく。

「お腹すいたし、マカロン買って帰ろっか!」

「そうな」

「楽しいね!これから、私達が自分達で世界を探していくと思ったら!」

 いつになくワクワクして、この美少女は笑っていた。ホントに、不思議なやつ。

「あ、子供は作れないよ?」

「バカ言うなよ」

 軽く小突くと、小突き返された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る