まるで違う世界に来たような

 深夜2時。ホテル23階の、エレベータを降りて7番目の部屋。健康的な高校生、それも異性の、二人がベッドでゴロゴロしながら夜を満喫していた。一度寝た僕は、飛行機で寝すぎたせいで1時に目が覚め、それ以来ずっと起きていた。その横で寝転びながら、人生の暇という時間を退屈そうに過ごす美少女が、こっちをチラチラ見ている。

「なんだよ」

 たまりかねて、口を開く。あっちも大きな口を開く。ただの欠伸だけど。

「私、手出されると思って覚悟という名の期待をして来たのに、いきなり寝ちゃったかと思えば飛び起きた人間がどんな顔してすごすのか気になってね」

 どんな絵面だよ。というか、そういうのを口するなよな。

「そうな」

「そうな、じゃないよ!割と真剣なんだよ!そんなに私って魅力ないの!?」

 これが紫苑が脆い証拠で、一度弱るととことんまで弱って、大きく自分を否定し始める。ピーキーな性格をしてる紫苑にとって、日常茶飯事なんだろうけど。

「魅力なんて、十分過ぎるくらいあるよ」

「なら、なんでしないのさ」

 そのへんのやつらは目が合っただけでヤル気満々!なんて言い始める始末。目が合った皆様に謝れよ!

「紫苑を大切にしたいんだよ!嫌だろ。そんな、衝動的に、押し付けるようにするの」

 僕がそう言うと、天井を見上げて固まる紫苑。かと思えば、携帯を置いて僕のベッドに上がってきた。正座して、僕の目線に合わせる。

「そんな硬いこと言わないでよ。これでも、私は本気なんだよ。性欲があるのは男の子だけじゃないの。私にだって、ある。瀬戸君が我慢したって、私が我慢出来ないかもしれない。考えたこと、ない?」

「何をさ」

「瀬戸君が私を襲うんじゃなくて、私が瀬戸君を襲うこと」

 紫苑に全体重をかけられ、覆いかぶさられる。そして、夜のイギリスの街を横に、唇を交わす。

「やめろよ」

「やめないよ」

「何かに、焦ってんのかよ」

「私、怖いんだよ。瀬戸君が、誰かに取られてしまいそうで、怖い。私が委員長や南さんの立場なら、何としてでも瀬戸君を取りに行ってた。それこそ、身体なんて絶対的な武器にして。だから逆に、私から誰かが、瀬戸君を奪うかもしれないと思ったら、怖いの。いつか私と同じ思考の人間が現れて、私の持つモノ全てを奪ってく。そんなことが、あるような気がしてならないの」

 紫苑が、僕の胸に額を押し付ける。ときどき、心理的に不安定になることがあったら、こうして休ませてあげて、回復するのを待つ。落ち着くらしいからら。

「私さ、人生って、何でも経験だと思うの。でもそれは、ただの準備」

「何の準備だよ」

 僕がなんとなく気になってきくと、紫苑が僕の胸に、今度は耳を当てる。

「この鼓動が止まったときのための、準備。生きるっていうこと自体が、死ぬまでのただの準備なんだよ。もしかしたらこの世界は、チュートリアルに過ぎないのかもしれない。この世界で経験したことを活かして、次の本番の世界を生きていくのかも」

「それなら僕も、紫苑を失うのが怖い」

「私も、瀬戸君を失うのが怖い。それで次の世界で、瀬戸君を誰かに取られるかもしれないって、怖い。どうにもできないことが、一番怖いの」

 未来を見てるっていうか、死を見てる。いつでも、どこでも、紫苑は死を見てる。イギリスという、日々とは違う空間に来て、より多分、死を感じているから、より今日は酷いのだと思う。

「大丈夫だよ」

 根拠のないことを、僕は言う。

 惨めだった。

 こんなことしか言えない、僕が。

「ならもうちょっと、ここで寝かせて。しなくても、安心出来るから」

「わかったよ」

 数分して、寝息を立てだした紫苑を僕のベッドへおろし、僕はというと、目が覚めて暇だったので、外へ出てみた。


 イギリスの夜は、日本と違って暗い。少し歩くと、見知らぬ土地ということもあって、余計に恐怖が僕の心へ流れ込んでいく。治安も、日本ほど良くないから。逃げるも勇気と思って、結局すぐ、ホテルへ帰った。

 今頃、日本では昼。ホントに違う世界に来たみたいだな、なんて思った。委員長が違う世界があったなら〜、と言ってたけどやっぱり僕はきっと、紫苑を愛してるだろうな。不安定で歪んでいて、独特な死生観を持つ、その不可思議さに惹かれている。

 紫苑のベッドに入ろうとすると、紫苑の荷物やら着ていたものやらが散らかっていてろくに寝られるようなところじゃなかった。仕方なく、紫苑の横で寝る。これはこれで、寝られない。いい匂いのする髪が僕の鼻を触り、寝返りを打った紫苑の顔が、目の前に現れる。いやいや、誰が寝られるんだよ。この状況で寝られるやつは、それこそ性欲なんてものが欠けてる。

「おやすみ、紫苑」

 飛び起きるかな、なんて思って言ってみたけど、全然、起きる気配なんてなかった。ホントに、眠ってる。この調子だと明日は、11時まで起きない。観光って、何だろ。





 ※今日も一話しか更新できずに、大変申し訳ありません。今日で色々と終わりましたので、明日からは必ず、3話投稿します。次に投稿頻度が減る可能性のある日は24.25.26です。またご迷惑をおかけすることになりますが、何卒、よろしくおねがいします。

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