世界観革命前夜

 修学旅行以来の飛行機で、紫苑のテンションはマックスそのもの。僕の横で窓から外を見て、キンキン声で騒いでる。ちなみに、同伴者は紫苑の両親。学校はというと、風邪を引いたと言ってサボった。土日が真ん中にあるし、なんとかなるでしょ。

「ところでこれ、なんの旅行何ですか?」

 今更気になって聞いてみた。紫苑の誕生日の前日に帰ってくるのはわかるけど、あまりにもタイミングが不自然。というかこの両親、紫苑の誕生日なんて興味なさそう。そんな話題、一回も出なかったし。紫苑は自分の誕生日なんて興味ないって、言ってたし。もしかして、この家族って、全員似た者同士?

「僕達の、結婚記念だよ」

 そりゃ大事だわな。

「それ、僕がついてきても良かったんですか?」

「紫苑がどうしても連れていきたいって言うからね。僕達としては、いいんだよ」

 僕としては全然だめな気がするけど。

「瀬戸君見て!今どこ飛んでるか見れるよ!」

 僕達はヘルシン機で一旦フィンランドへ行き、乗り換えてイギリスへ向かう。ちなみに、ケンブリッジに行くらしい。

「懐かしいな〜、ケンブリッジ」

「昔、来たことあるの?」

「来たことあるっていうか、昔住んでた」

「嘘だろ!?いつ!?」

「中学1年生のとき」

 なんでこういうことを、紫苑は言わないんだろう。プロフィール帳みたいなのを渡しても、きっと書かないんだろうな。

「どれくらい?」

「2週間」

「……」

 怪訝そうな顔を露骨に作って、紫苑を見つめる。驚いて損した。すっごい笑顔ですっごいドヤ顔。あ、ダメだ。呆れ返って語彙力が死んできた。

「ジョークだよジョーク!」

「ふざけんなよ!」

 あはははは!なんて愉快そうに笑う、なんちゃって美少女。もう、美少女じゃないや。

「という前座は置いといて、暇だからゲームしようよ」

「今度は何やるんだよ」

「好きなこと嫌いなことゲーム!超単純でしょ!」

 今までやってきたゲームとは打って変わって、とんでもなく単純明快なゲーム。

「ルールは、決められたジャンルでどういうのなら好きで、どういうのなら嫌いかっていうゲームをいうだけ。揃えばクリア。揃わなければフェイル。飛行機からバンジーしてもらいまーす!」

 前言撤回。とんでもなく物騒なゲームだった。ちなみに、バンジーは紐なしらしい。それただの飛び降りだろ。

「まず最初は、簡単に漫画で。あ、ちなみに相手の答えに寄せてもいいよ」

 急にゲーム性が生まれることを言い出すなよ。それならお互い寄せ合った場合外すし、寄せ合わなかった場合も高確率で外す。だからこのゲームは、お互いのことをどれだけ理解しているかのゲームに繋がってる、ということ。単純なことが好きなのに。深くするなよ。

 黙々と、わざわざ持ってきていたルーズリーフに書いている紫苑を見て、僕も書き出した。

「書けた?」

「書けた」

 せーので見せ合い、紫苑の乱雑か字を読み取る。女子なら字はキレイと思われがちだけど、紫苑は余裕で汚いの部類。ノートは人に見せるから猫被ってキレイにしてるけど、実際は読めるか読めないかのギリギリ。

「私は、空想なら空想、現実なら現実に振り切ってる作品が好き。嫌いなのは、一見現実っぽく、まだ可能性あることを書いてるのに、急に現実味を薄くさせるヤツ」

「例えば?」

「野球漫画で、初めて投げたボールが150km/h投げたとか」

「許せるのは?」

「相手の動きを見て、じゃんけんで次に何を出すかわかるとか」

 今、要するに、紫苑の基準はガバガバってことがわかった。それ以上の情報はなし。解散!

「瀬戸君は?」

「空想系は好き。キライなのは特にない」

「やっぱりこれ、人間性出るね!」

 紫苑がより楽しそうにする。確かに出るな〜、なんて思う。僕はキライなのは特に無いし、紫苑は嫌いなもの好きなものがハッキリしてる。こういうのでわかるっていうのが、面白い。紫苑のゲームは。

「で、次は?」

「うーん、プレゼントとか?」

「わかった」

「せーの」

「私が好きなのは、好きな人が選んでくれたやつ。嫌いなのは、なんでも言うこと聞く券とかいう別に必要性の全く無いもの」

 紫苑は別にそんなのなくても言うこと聞かせてくるもんな。

「僕が好きなのは、同じく好きな人がくれたもので、嫌いなものは食べ物。僕、そんなに食べれないから妹に全部食べられる」

「何それ!家の中の世界が見えていいね!」

 そう言って、紫苑がケラケラ笑う。

「合わないし、やめよっか!お題、思いつかないし!また今度やろ!あと、時差ボケしないように寝たほうがいいよ」

 そういうなり紫苑は背中を向けた。飛行機内も暗くなっていって、なんだか寝るムードに。でもなんだか僕は眠れなくて、座席の前についてるモニターでサメ映画を見た。皆が寝静まっている中、サメが大暴れしている。僕もここで大暴れてみようかと思った。そしたら皆飛び起きてパニックになるかもしれない。それはそれで面白いな、なんて思う。

 なんとなく、寝てる紫苑の髪を触る。サラサラで、スベスベの手触り。髪の隙間から、紫苑の寝顔が見えた。なんとなく頬を触って見ても、起きない。死んでるみたい。返事がない。ただの屍のようだ。

 サメ映画が終盤に差し掛かった頃。僕は空を眺めて、いよいよ日本から飛び立ったことを一人、暗闇の中で実感していた。一面雲の、何もない世界。これから僕は、見知らぬ地へ行く。写真では見たことがあるけど、実際には行ったことのないところ。人は何事も、予想と想像では、なんとでも言える。でもそれは、経験していないから、何もわかっていないのと同じ。だから、知らない地へ行くのは、楽しみでしかなかった。

 新しい世界が、見られそうだ。

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