世界を作る。犠牲を払っていく

 僕達は、犠牲を払って世界を作っていく。僕が払う犠牲は少ないけど、紫苑の払う犠牲は多大。つまり、思いを寄せる人を踏み台にしていかないといけないということ。

「そっか。委員長も、大変なんだね。私達みたいで。私達の関係が恋人じゃなかったらきっと、私達の中にも入れただろうにね」

 そうだろうな、なんて思う。きっと、生き方は違えど、似てるのは似てるのだろう。その、生への苦しさが。生への、疎ましさが。

「僕達は僕達の世界を作ってるから、仕方ないよ」

「私達、ハッピーになれるかな」

「そんなの、わかんないよ」

 そう、わからない。僕達はずっと、というか今後も、このまま行けば喧嘩なんてしないだろうけど、それでも未来は不確定で、わからない。だから、何も、わからない。

「私さ、委員長みたいな人は好きなんだ。自分の好きなことに従うような人。自分の中で、正義を持ってる人。でも、一番キライなのは、具体的に言うとそうだね。恋愛を何かのシュミレーションゲームだと思ってる人」

 僕も、聞いたことがある。恋愛なんて、いかに相手の喜ぶようなことを言えるかの、シュミレーションゲームだって。紫苑が、一番嫌いそうなこと。

「僕も、嫌いだよ。そんな生き方、つまらないから」

「瀬戸君がそんな人じゃなくて、良かった」

「そんな人だったら、選んでないだろ」

 そう言うと、えへへ、なんて変な笑い方をする紫苑。照れてるような照れてないような、そんな感じなんだろう。珍しい笑い方には、深い意味がこもっていないのが大抵の紫苑だから。

「でもさでもさ、犠牲を払って、今こんな素晴らしい世界を作れるなら、私はいいと思うよ!」

 僕の家の前で、紫苑が両手を広げて言う。日が沈むのがだいぶ早くなってきたこの季節、薄暗さがちょうど、紫苑の演出に神々しさを出させる。神々しいなんてことは言い過ぎかもしれないけど、僕からするとなんだか、笑ってしまうような、そんな感じがするから。だから、神々しい。


「ただいまです!」

 妙な挨拶で、紫苑が玄関に入っていく。靴を脱いだと思えば珍しく揃えて、僕の部屋に上がっていった。僕も靴を脱いで、先に手を洗ってから部屋に入ると、下着の紫苑がいた。

 何気に僕達は、お互い着替え中に鉢合わせることは今までなかった。それは、紫苑が帰ってきて荷物をおいてすぐに手を洗いに行くから。でも今日は珍しく、先に制服を脱いでいた。思わず、身体が反応する。

「なんで脱いでんだよ!」

「気まぐれ」

 ピンクの下着で、気にせず僕の方を向くメンタルお化け。隠すなりなんなりしろよ!仮にでも美少女なんだろ!

「というか、早く着ろよ!」

「服、ないんだよね。瀬戸君、間違えてロッカーに入れた?」

「紫苑の服なんて触らないよ!」

「なら、私が自分で入れたのか」

 そう言うなり勝手に僕のロッカーを開けたかと思うと、衣類全部をポイポイ投げ出す。部屋荒らしにも程がある。まるで泥棒が入ったみたいになった。

「あ、あった。瀬戸君の下着といっしょに入れてたや」

「どんな神経してたら僕の下着のところに自分の下着入れるんだよ!」

「だって私の服入れるとこないんだもん!前に瀬戸君に私の服が散らかって邪魔って言われたから、私はここに入れたんだよ!」

 前言撤回。何がいい感じに〜だよ。思いっきり今、揉めてるじゃないか。こんなの揉めてるの範疇に入らないけど。

「わかったよ。それは僕が悪かった」

「わかればいいんだよ!それに、私の下着も見れてラッキーだったね!」

 自分でそう言うなり、何かに気づいたようにハッとした。

「もしかして、そう言う、作戦ってこと……?」

「そんなわけ無いだろ!」

 そう言うと「あははははは!」なんて笑う。忌々しいヤローだぜ。

「そんな怒んないでよ!手、洗ってくるね!それと、瀬戸君がみたいなら下着なんていつでも見せるし、なんなら下着なんて脱いであげるからね?」

 下着を引っ張って伸ばしたりして、僕の反応を楽しみながら見る性悪な紫苑。

 そんなに面白いかよ!ホントに見てやるぞ!

 いや、踏みとどまれ僕。ここで見るなんて言ったら、紫苑は本気で見せてくる。寧ろ見られて喜びそうだし。

「瀬戸君にも性欲があって、私、嬉しいよ!てっきり瀬戸君の3大欲求って、食事・睡眠・白川紫苑かと思ってた!」

 なんて言いかねない。あぁ、そんなこと思うと、そう言ってる様子が容易に想像出来る。いや、紫苑の場合、何でも簡単に想像出来そう。紫苑、何でも言うし。

「一緒に住むのって、楽しいね!」

「僕はこりごりだよ!」

 あはははは!なんて笑いながら手を洗いに行った。

 こんな日常を、これからも作っていく。委員長には悪いけど、踏み台にして。木村や須藤や、その他に紫苑のことを好きな人にも悪いけど。

 これがいつかは成熟して、きっと、壊れない、丈夫な世界が作れることを、祈る。そんな世界存在しないってわかってるけど、それでも、願わずにはいられないから。

 紫苑との幸せを、願わずにはいられないから。

 床に落ちてる紫苑の下着を拾い上げてベッドに投げ捨て、そんなことを、考えた。

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