今を愛して
修学旅行最終日。また、早朝から起こされた僕達。
「ところでさ、沖縄で買って食べた中で何が一番美味しかった?」
「ちんすこう」
「ちんすこう」
「サンドウィッチ」
一人、論外がいた。ちなみに女子二人はまだ屍。虚ろな目で目玉焼きをフォークで突き刺して眺めてる。ホントにゾンビなんじゃないかってレベル。普通に怖いよ。
「私、ここの朝ご飯が一番美味しかったな」
もう一人、論外がいた。紫苑はいつもの昼寝ルーティーンが破壊され、晩御飯のときは大体、半分寝かけながら食べてる。ちなみにお風呂では寝てるから色んな人に喋りかけられるわ見られるわで、目立ってるらしい。元々目立ってるのに更に目立ってどうするんだよ。
「で、今日は何すんの?」
「瀬戸って、何気にずっと元気だよな」
お前達みたいに夜中までゲームしたりしてないからな。
「そうそう。瀬戸が何気に一番張り切ってんじゃね?」
「え!?瀬戸君張り切ってくれてるの!?」
なんで紫苑が嬉しそうなんだよ。というか、最終日に張り切りだすやつ、嫌だろ。
「今日、時間的に海ぐらいだけど」
「海で良くない?」
沖縄といえば海という、完全なる紫苑の主観と概念。確かに国際通りとか行っても、もう、何も買うものないけど。
「波の音聞きながらする散歩って、気分が晴れるっていうか、神妙な心持ちになるよね」
「そうな」
「手を繋ぎたい気分」
珍しく、僕の意思を聞いてきた。紫苑らしくないから、なんだか僕も変な感じがする。これが同意を求めてきてるって判断できる、僕も妙だけど。
「皆、ビーチバレーボール楽しそうだね」
「紫苑は混ざらないのかよ」
ああいうの、好きそうなのに。
「私はやらないよ。だって、人数合わなくなるし、瀬戸君と別チーム、嫌じゃん」
それはそれで楽しいと思うけど。なんだか、別の道を行ったみたいで嫌らしい。僕にはわからない感覚。紫苑は時々、物事を重く捉えすぎるときがある。例えば今回もそう。別チームになるだけで、道を違えたとか。何事も同じってよく、紫苑は言うけど、全部一緒にしすぎてる。極端なやつ。
「このビーチ横の道もさ、私達の視界ではどこまでも続いてるように見えて、実は終わりがあるんだよ。今16歳の私達が、これをあと4セットやれば、死ぬように。ベニクラゲは寿命で死なないのに、人間は寿命で死ぬ。どれだけ願っても、祈っても、死ぬ。こんな理不尽な世界に私達は産まれて、懸命に生きる。そんな中でさ、最愛の人と、別の道を生きるなんて、嫌じゃない?」
「そうな」
薄く笑って、紫苑が僕の手を握る。で、大袈裟に手を振って歩いた。
「だからさ、私、今この瞬間に命かけてるんだ!今しかない、今でしか味わえない世界を」
「僕も、同じ。紫苑と共有する同じ世界を、僕も楽しんでる。二度とないから、だろ?」
「そういうこと」
それから僕達はなんとなく、黙って歩いた。なんとなく、だから理由なんてない。二人でこの世界を満喫するために。いつかもしかしたら、もう一度二人で、来ることがあるのかもしれない。その時、この世界がどう写ったか、確かめ合うためにも。
「私、この世界っていう現実は大ッ嫌いだけど、瀬戸君と作りだす世界は大好き!」
元々作られていた現実と、僕達の作り上げた現実。言葉にしてみれば難しいけど、その本質は結局、僕達二人から見た世界。二人でなら、大体のことは楽しくなる。二人でなら、何もない空間でも、何かが、生まれる。二人で生きるっていうのは、そういうことだと、僕は思う。二人で作り出す現実っていうのは、そういうことだと、僕は思う。
「僕も大好きだ。何より、紫苑が、大好きだ」
周りを確認して、紫苑はちょっと顔を僕に出し、微笑んで、目を閉じた。それに僕が合わせて、重なりを感じる。
今この瞬間を否定するのは、誰でも出来る。信じないことも、拒否することも、出来る。でもそれでは、何も始まらない。この世界は、変わらない。だからこそ、二人で、作る。新しく、作り出す。一種の現実逃避。修学旅行という舞台を背景に、僕達は今、現実から逃げている。皆の元に戻ればきっと、僕達の今生み出したこの世界は消える。
あぁ、この一瞬が、永遠に続けばいいのに。永遠なんてものはないのに、虚しく祈る。紫苑と接触する唇から、紫苑が僕と共鳴しているのが伝わってくる。僕達は、哀れだな。無い物ねだりして、それを慰め合うかのように、キスをする。紫苑と生きられるのは、生きていられる間だけ。死ねば無になって、紫苑と生み出した世界も、僕達の認識出来るこの理不尽極まりない世界も、消える。
つまり、今この瞬間を愛さないと、僕達は、生きられない。今を生きて、今を愛する。そんな器用なことを強いられて、生きていく。
-i-
「何年ぶりになる?」
「わかんないよ。高校から卒業してから何年経ったか数えて、+1すればいいんじゃない?」
「え!?まだ3年しか経ってないってことぉ!?」
約、3年。明確には多分、2年半くらい。つまんないコントをする紫苑を軽くあしらって、いつかのように飛行機を降りる。いつでも温かい熱帯地域は、永遠を感じられるからいい!なんてつまらないことを言う紫苑に連れられて、また沖縄に来ていた。バカげてる。修学旅行の帰り道、紫苑は「もう沖縄はいいや。飽きた。やること全部やったし」なんて言ってたのに、早速これ。僕と同じく、必殺手のひらクルクル回しの使い手。つまり、手のひらドリル。
「変わってないね!」
「そりゃ、2年半くらいだからな」
「アーロハー!」
「前もそんなこと言ってたな」
同じネタしか擦られない紫苑。哀れで可愛い。
「とりあえずさ、どこから回る?」
「僕は、どこでもいいよ」
「なら、海で散歩!」
いつかに渡したまーすストーンを握りしめ、紫苑がはしゃぐ。普段は握ってなんかない癖に。
変わらず僕は紫苑の後ろで、紫苑に手を引っ張られて、連れられる。あの日見た光景と変わらない紫苑の横顔に見とれながら。
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