お風呂=美少女

 2日目が終わった今、修学旅行は楽しいけど、一つだけ、不満がある。

 それは、彼と接触できる時間が減ったこと。

 あぁ、私は悲しくてならない。普段、ベタベタするのがあまり好きではない彼も、帰り道なら多少は許してくれる。と言っても、ハグが限界だけど。

 だが、だがしかし、修学旅行に来てからどうだろう。

 今日一回キスしただけ。

 こんなもの、私が耐えられるわけがない。最近、彼にちゃんと性欲があるのか不安になってきた。私がどれだけ誘惑してもなびかないし、一緒に寝ても、襲われそうな気配なんか微塵もない。確かに、大切にされてると言われればそれまで。

 でも、だよ。

 ちょっとぐらい、欲情してほしい。私に魅力が無いのかもしれない、なんて珍しくしょげてる。

 胸か?

 お?

 胸か?

 結局男の子は胸しか見てないのかな??

 悔しい!!これだけはどうにもならないからこそ、悔しい!!

 →お風呂上がったあと、ちょっと外で待っててよ

 なんだか彼に無性に会いたくなって、送ってやった。別に何かあるわけじゃないけど。


「紫苑って、ホントに肌綺麗だね」

 お風呂の時間。彼がそんなこと言ってくれるはずもなく、ミミに言われた。

「そう?」

「なんかやってんの?」

「何も」

 クラスの人間が、私の身体をチラチラ見てくる。見るなら堂々と見ればいいのに。同じ女の子同士なのに、私まで恥ずかしくなっきた。委員長まで見てくる。

「白川さん、お隣いいですか?」

 好きにすればいいのに。私は髪を洗いながら聞こえないフリをする。ていうか、目開けられないし、黙って横に座ればいいのに。律儀な人。

「先日のライバルという件、彼のことでよろしいのでしょうか?」

 律儀に話すな〜、と笑いそうになる。そんな賢ぶらなくていいのに。

「それでいいと思うよ〜」

 リンスをつけて、再度洗う。潮風にあたってるから、髪がきしんでた。彼はよく、私の髪を眺めてることがあるからよく、洗っておく。本人は気づいてないだろうけど、多分髪フェチ。

「彼は私が貰います」

「無理だよ。私が相手じゃあ、委員長じゃ役不足だね」

「そんなこと、彼に聞かないとわからないでしょう?」

「わかるよ。瀬戸君の考えてることなんて、私はよくわかるし、知ってる」

 委員長は、私の答えに何も返さなかった。だからしばらく、沈黙が続いた。

「ところで、なんで委員長って瀬戸君のこと好きなの?」

 たまりかねて私がそう、聞く。実際、ずっと気になってたことだし。

「私は彼の、沈黙が好きなんです。落ち着くような空気を醸し出す、そんな雰囲気が」

 ふーん。と、私はリンスとを洗い流し、話を聞き流す。私も確かに、彼のそういうところも好き。

「白川さんはどんなところが?」

「私のこと、ちゃんと見てくれてるところ」

「白川さんのことを、彼はわかっているということ?」

「そういうこと。私には瀬戸君以外、いないんだよ」

 床で滑りそうになりながら私は立ち上がって、湯船に浸かる。一日の疲れが全部吹っ飛ぶみたいで気持ちいい。天井を見上げて、身体を浮力に全て任せる。気持ちいい。彼と一度、一緒にお風呂に入ってみたいな、なんて思う。こうやって二人で、浮かんでいたい。春休みは、温泉巡りにでも連れて行こうかな。

 目を瞑って浸っていると、横に人の気配を感じた。あ、また委員長か。そう思って目を開ける。やっぱり委員長。

 そして、今気づいた。許されない事態が、起きた。私より、女性的な身体をしてること。

 こんな身体で彼を誘惑するってこと!?

 私、負ける!?

「前はよく話してましたけど、最近は話してなかったから久しぶりに感じますね」

「だからそんなに畏まってんの?」

 ていうか、話さなくなったのはそっちの原因じゃん。

「そうですね、ふふっ」

「何が可笑しいのさ」

 今こいつもしかして、私の身体を見て笑った?

 私の貧弱な身体がそんなに哀れか!?

「また前みたいに、お話してもいいですか?」

「気にせず話しかけなよ。私がそんなこと、気にすると思う?」

「いいえ。陽キャとか陰キャとかで分類するのも嫌なぐらいの人が、そんなわけありませんよね」

 何がおかしいのかクスクス笑ってる変人の委員長を置いて、私はお風呂を出た。ウキウキで。


「お待たせ!」

 先に外で待っていてくれた彼に、声をかける。無表情で私の方をじっ、と見る彼。別に、おかしいところなんてないはずなのに。

「紫苑、髪、乾かしてきたら?」

「知っての通り私、ドライアー長いよ?」

「いいよ。それより、濡れた髪を他の奴に見られる方が嫌なんだよ」

 言われたとおり、更衣室に私は髪を乾かしに行く。珍しく私が照れるようなことを言う彼がカッコよくて、ちょっとドキドキする。目の前の鏡で自分の顔を見ると、完全に恋する高校生。はっず。死ぬほど、恥ずかしい。

「今度こそお待たせ!」

 遠慮なんてものを知らない私は、堂々と10分くらいドライアーを当てていた。

「どこ行くんだよ」

「散歩」

 そう言って彼を外へ連れ出して、近くを歩く。明るい町並みの中、私が彼の手を引いて。

「なんかさ、離れた土地に来て二人で散歩するの、よくない?」

「そうな」

 彼の方を振り向いて、なんとなく、抱きつく。私より少し身長の高いから、ちょうど彼の肩に、私は顎を置ける。ここが、私のお気に入りスポット。すごい安心するし、密着度が高くなる。背中まで手を回して、私との密着度を更に上げる。

「聞こえる?私の心臓の音」

「今は聞こえないな」

「胸に耳当てていいよ」

 というより、私が押し付ける。心臓の鼓動が早くなるのが、わかる。

「私、生きてるよね」

 時々不安になる。私は知らない間に、死んでるんじゃないかって。もしかしたらお風呂で浮かんでいた間に、死んでるんじゃないかって。彼を置いて、死んでるんじゃないかって。

「生きてるよ」

「心臓、止まらないよね」

「止まらないよ」

 ある日突然止まっても、おかしくない。そう思って生きてる人は、何人いるんだろう。私は毎日、死を感じて生きてる。

 外を歩いていてもし、車が突っ込んできたら?

 突然、心臓発作が起きたら?

 突然、私が私を、わかんなくなったら?

 どれも、死。

 死には誰も、抗えない。だからこそ、生きてることを、確かめたかった。今、生きてるって、実感したかった。彼と来ることができる、人生で一回限りの修学旅行。今この瞬間を彼と生きてるって認識すことが、私にとっては大切だった。

 彼と生きて、彼と死ぬ。最後の心臓の鼓動は、彼と共にしたい。そう簡単に人間は死なないからこそ、運命のイタズラみたいに死ぬ。それを防ぐために、私は常に、彼といる。いつ、死んでもいいように。幸せがあるとしたら、そこなんだろうな。

「帰ろっか」

 一瞬だけより強く、彼を抱きしめて私が言う。

「そうな」

 手を繋いで、ホテルに帰った。

 修学旅行はあと2日。そろそろ、ネックレスも決めていい頃合い。早々と決めてしまうと、彼と国際通りに来れなくなるから拒否し続けたけど、そろそろいいと思う。

 何気に初めて作る二人のモノだったから、私は軽く興奮していた。

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