昔の人は庭の岩を見て人生を説いたらしい

「私、思うんだよ。ハート型がどうこうっていう岩がよくもてはやされるけど、別に神秘性なんかないって」

 来る直前まで「昔の人って岩を見て人生説いてたらしいよ!?何考えてんだろね!」なんて言ってた人が神秘性を説き始めた。そういうところすごいよね、紫苑って。

「なんで神秘性感じないのさ」

「だって別に、ハート型って知っててハート型になったわけじゃないんだよ?」

 つまり、たまたまその形だったのに、人間がこれをハート型と呼んだことによって、もてはやされるだけ、ということ。確かに、言われてみれば納得。

「せっかくだし、お前ら二人の写真撮ってやろうか?」

 木村が言う。すごい、気が利く。僕もこんな人間になりたかった。

 二人でハートを挟んでるように写る。別に向き合うこともなく、カメラの方を向いて。目だけで紫苑を見ると無表情だったから、僕も無表情で写ることにした。

「お前ら、二人のときってそんなに暗いのかよ」

「別にそういうわけじゃないよ。ただ、紫苑が無表情なだけ」

「私は別に瀬戸君といるとき暗いってわけじゃないよ。ただ、素が出ちゃうだけ」

 それはそれでどうなんだよ。

「じゃあ、笑えよ」

「嫌だよ面倒くさい。外面だけの笑顔なんてゴミ同然だからいらない」

 そう言って紫苑は、海岸をフラフラ歩いていた。沖縄だし、この時期でも海に入れる。入ってる人も実際いるし。ただ、紫苑がギトギトになるのが嫌っていう理由で入ってない。ちなみに僕も木村も、入りたくない派だったから文句はない。

「他、私が誰か撮ってあげようか?」

「あ、私とマイで撮って〜」

「おっけ〜」

 フュージョンのポーズを取りながら、写る二人。それをぼーっと眺める僕たち。思ったより、暇。

「次何すんの?」

「バナナボート乗りたいけど、水着持ってきてないしね〜」

「ついでに美ら海水族館、行っとく?」

「いいね!行っとこ!」

 という紫苑の思いつきで、水族館に行くことにした。


「ジンベエザメって、デカイね」

 もっと他に思うことあるだろ。僕たちは、自由行動していた。で、勿論僕は紫苑に連れられている。

「懐かしい。半年近く前にも、サメ見てそんなこと言ってたな」

 そう言うと、紫苑がニヤッと笑う。

「よく覚えてるじゃん。私達、あれから何にも変わってないね」

「そうな」

「寧ろずっと、このままがいい?」

「変化は何かしらアクシデントを生むから、このままがいいな」

「私とだったら、そんなアクシデントも楽しいと思うよ」

 僕を覗き込むようにして言う。それはそうかも。紫苑といて、楽しくなかったことなんて、なかったし。紫苑と出会って僕は、大きく変わったと思う。退屈だった人生が。大きく。

「でも、たまには変化もいいかもな。そこに泳いでるジンベエザメも、変化がなくてきっと、退屈して、自分がどうやって生きたらいいか、見失って行くんだろ」

 水槽の中を見渡しても一際目立つ、巨大な身体。僕達に例えるのはあまりに違いすぎると思うけどそれでも、その退屈そうに泳ぐ振る舞いは、人生にスパイスを感じなくなった人間のそれだった。

「なら、スパイスをあげる」

「なんだよ」

 僕の手をとって、紫苑が言った。

「完全に、私のものになって?」

「もうなってるよ」

「違う。全てが、私のものに」

 つまり、紫苑が言いたいのは、他の誰からの好意も寄せ付けるな、ということ。

「委員長を、完全に振れってこと?」

「そういうこと。今、あそこにいるでしょ?」

 紫苑の指のさたした方向を見ると、こっちを見てる委員長がいた。確かに僕も、いつかは振らないといけないと思ってるけど、今じゃなくていいだろ。よりによって、修学旅行で。

「今は流石に酷いだろ」

「でも、近いうちに絶対だよ。イギリス行くまでの課題にしとくね」

 紫苑が不安なのも、わかる。自分の恋人に対して好意を向けている人がいると、なんだか落ち着かないから。でも、それ以外にも何かありそうだった。多分、わからせたいとか、そんな感じ。修学旅行になんて話題出してんだよ。

「それよりさほら、人目のないとこ行こ?」

「なんでだよ」

「私、手繋ぎたくなっちゃった」

 そうやって笑う紫苑は、可愛かった。どれも素なんだろうな。


「瀬戸君と一緒の部屋に棲んで思ったんだけど、一人で寝たほうが人気がなくて絶対寝れるはずなのに、なんで人がいたほうが寝れるんだろ」

「一人じゃないっていう安心感があるからじゃない?」

 それもそっかー。と手を繋ぎながら紫苑が言う。いつもより、どことなく強く握られてる気がする。何かあったのかな、なんて思うけど、多分、取られたくないっていう気持ちが全面に出てるから。取られるはずないのに。哀れで可愛い。

「私達、将来何して生きてるんだろうね」

「急にどうしたんだよ」

「クラゲ見てると、なんだか将来を感じる」

 久しぶりに全然意味わからないのが来て、僕も困惑する。クラゲ見ても何も思わないだろ。

「このままずっと、二人でいるんじゃない?」

 僕が適当に言う。

「私もそう思う。でも、その頃には関係性が変わってるかもしれないじゃん。結婚してるとか、子供がいるとか」

「そうな」

「そうなったとき私達って、今となにか、感情は変わるのかな」

 やってみないことには何もわからないから、僕は何も言えなかった。そんなことは、結婚した人じゃないとわからないだろうし。

「結婚って多分、ポイントを払ってくんだと思うよ」

「ポイント?」

「そう。私達が今付き合ってる間はどんどんポイントが溜まっていって、結婚したらそれを支払っていく。私のお母さんとお父さんが多分そう。昔はもっと家にいたのに、最近は仕事ばっかりだし。今でも恋愛感情があるとは思えないし」

 なんだか妙に納得できる話。

「僕達も、そうなっていくのかな」

「なるよ。きっと。でも、私はずっと、瀬戸君を愛してる」

 紫苑がキョロキョロして、僕にキスをした。全く僕の有無を聞かないのが、紫苑らしい。そして今日は、妙に長かった。

「さ、ホテル戻ろっか。修学旅行って、何にもないけど、なんだか面白いよね!」

「旅行でテンション上がるってこと?」

「そうそう!ジンベエザメの抱き枕買って帰る!」

 結局買ったのはチンアナゴだった。そんなしょうもないことも、なんだか面白い。皆で集まって、バスで帰った。色々回ってるだけなのに、それが面白い。須藤は海に飛び込んだらしく、びしょ濡れだった。何してんだよ。紫苑もゲラゲラ笑ってる。紫苑がいなかったら、修学旅行がこんなに楽しいことはなかっただろうな、なんて想像した。僕こそいつまでも、紫苑と一緒にいたかった。

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