番外編〜白川紫苑被害者黙示録〜 vol.2-2

 2学期に入って、久しぶりに彼と会って、嬉しくなってはなした。

「本、どれくらい読んだ?」

「あんまり読めてないんだ。忙しくて」

「彼女が出来たとか?」

 勇気を出して、聞いてみた。息が詰まるのがわかる。それでもこれでも、挑発するようにして。出来たって言われたら、終わり。私は爆散。

「そんなんじゃないよ。だいたい、僕が話す女の人って、そんなにいないから」

 へー、前は私以外いないって言ってたのに、今はなんだ。

「そうなんだ。ところで夏休み、何してた?」

「おはよ、瀬戸君。昨日ぶりだね!」

 私の質問を遮るように、絶対女王が現れた、彼が困ったような顔をする。そして、携帯に何か打ち込んだと思うと、今度は白川さんが携帯を見る。白川さんがニヤニヤしながら携帯をいじり、瀬戸君もまた携帯を出して、何かを打ち込む。

 気まずかった。死ぬほど、気まずかった。やっぱり瀬戸君は、白川さんと仲がいいんだ。

 そして白川さんがあたりを見回したかと思うと、突然彼に顔を近づけて、何か耳元で囁いた。横目で私を見ながら。

 ゾクゾク。背筋が凍るような、冷たい、心の底まで冷え切りそうなものを感じた。ヤバい。この女は、ヤバい。そして誤算だった。ただ仲が良いだけじゃない。この人は、瀬戸君のことが気になってるんだ。顔が、完全に惚れてる人のそれだった。

 そして勿論、私に勝ち目なんて、なかった。


「で、瀬戸と仲のいい俺を頼ったと」

 最近出来たカフェに、須藤君と来ていた。勇気を出して、私の悩み打ち明けて、相談させてもらうことしたから。

「私なんかじゃ、勝ち目ないから」

「そもそも、白川ってホントに瀬戸のこと好きなのかよ」

「多分……」

「心配しすぎてるだけだろ。ほら、白川って、よくわからない奴だし」

 彼の言う通りで、白川さんはよくわからない人だった。皆は完璧美少女って言うけど、私的には、ミステリアス美少女。須藤君も同意見みたいだけど。

「まぁでも、相手がホントに白川だったら、そりゃちと厳しいな」

「だよね……」

「南も友達多いんだし、応援してもらえばワンちゃんってとこじゃね?白川が引いてくれるとは微塵も思わねぇけどな」

 全ては、瀬戸君次第。結局、そういうこと。須藤君は私を応援してくれるそうで、心強かった。瀬戸君と仲のいい人が私の味方をしてくれるのは、それだけでかなりのアドバンテージだと思ったから。

「そろそろ出るか」

 そう言って立ち上がる須藤君を追いかけるように、私も立ち上がった。そこで、見覚えのある、というより私の大好きな人が、いた。

「あれ、瀬戸君?」

「南さん?」

 そういう彼の横で、その美少女は心底嬉しそうな、私を見下すような笑顔で、私を見ていた。どこが完璧美少女なんだろう。この人は多分、とんでもなく性格が悪い。今多分、優越感に浸ってる。

「瀬戸君と白川さんって、付き合ってたんだ」

 泣きそうな声で、私は言った。この机に置かれてるのは確か、「恋に恋する初恋パフェ」。須藤君と、誰がこんな恥ずかしいの食べるんだよ、って笑ってたやつ。目の前に、食べてる人がいた。私の恋してる人と、そのライバルが。

「違うよ!付き合ってなんかないから!私が本屋に行ったときにたまたま出くわして、同じ本読んでたから話してるところなの!」

 白川さんが、慌てたように私を制する。絶対、嘘。それでも、私はその嘘にしがみつく。そうだと、脳が信じようとする。

「じゃあ、そのパフェは?」

「あー、これは、私がからかおうと思って頼んだだけ」

 からかう?

 彼を?

 もしかして、白川さんは瀬戸君で弄んでるだけなのかもしれない。それはそれで、許せない。

「瀬戸君をからかうなんて、可哀想だよ」

「いいじゃん。それが私なりの接し方なんだから」

 白川さんから、敵意を感じる。そっちがやる気なら、私もやる。瀬戸君を守るために。

「あれ、瀬戸じゃん」

「あ、須藤」

 須藤君も参戦してきた。でも逆に、なんて言えばいいかわからなくなった。それでしばらく、沈黙が流れた。


 その後、二人の食べていたパフェを私達も一緒に食べながら、くだらない話をした。白川さんはやっぱり気さくだった。怒ってるのは伝わってきてたけど。

「あ、白川さん、私今日は、話せて楽しかったです」

「私も楽しかったよ!」

 キレイな、完璧な笑顔で返されて私は困惑した。この人は、ホントはいい人なのかもしれないと惑わされるほどに。

 そして帰り道、皆一緒に帰った。

 もしかしたら、この人は裏表なんてない、わかりやすい人なんじゃないかな、と気づいた。

 それなら、私は白川さんと仲良くなりたい。こんなに面白い人と仲良くなれないなんて、そんな残念なことはない。でも、瀬戸君だけは渡渡したくない。そこで、悪魔的思考が、私に舞い降りた。

 白川さんと仲良くなったふりをして、白川さんを悪者に仕立て上げる。そうして最強の座を引きずり下ろし、彼を手に入れる。須藤君も上手く使いながら。

 こうして私は狂っていった。向かう道が破滅かどうかなんて私にはわからないけど、戦うしかなかった。

 そしてある日、私は彼と白川さんが、キスしているところを、見てしまった。

 そこからだと思う。私のやることの、規制が外れたのは。自分が更に狂っていくのが、よくわかる。そして、彼が白川さんに看過されて狂っていくのも、わかった。前と違って、余裕がないように見えだしたから。

 彼を、守らないと。

 それを言い訳に、木村君を使って、須藤君を使って、委員長を使って、最終的には、瀬戸君まで傷つけようとした。

 結局、白川さんに全てがバレた。頭もいい子で、思ったよりすぐだった。

 私は、あのキレイな顔を殴る蹴る。どう考えても、間違っていたの私。それでも、全てにおいて負けたのが悔しかった。初恋で負けたのが、悔しかった。

 殴って殴って殴って。

 蹴って蹴って蹴って。

 胡散ばらしになんて、ならなかった。

 どんどん、私自身が惨めになっていった。それに気づくかのように、白川さんが私を可哀想な子を見るような目でみてきたのが、さらに気に食わなかった。

 もう一発。

 そう思ったとき、私は横からの強い衝撃で吹き飛ばされた。怒りに満ち溢れた、彼がいた。

 あぁ、私はここで終わるんだ。

 もう、挽回の余地なんて、なかった。

 それから必死に私は何かを叫んだけど、覚えてない。必死すぎて。今までのことを言い訳するように。

 白川紫苑とは、張り合っちゃ駄目。

 それがよくわかった。

 器の広さが、違う。

 瀬戸君、今まで、こんな私と関わってくれてありがとう。

 さようなら、大好きでした。

 いつかまた、本の話、したいな。

 そんなこと、叶わないか。

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