番外編〜白川紫苑被害者黙示録〜 vol.2

「瀬戸宗次郎です。趣味は、たまに本読んでます。よろしくお願いします」

 今でも覚えてる。彼の自己紹介。私も本が好きだから、私から話かけて、気づけばよく喋るようになっていた。

「南さん。この本、面白いよ」

 高校1年生の最初の方の頃から、そうやって優しく私に話しかけてくれる彼が、好きだった。知らないうちに、好きになってた。本気で付き合いたいぐらいに。そして私は、彼も友達が少ないから、頑張れば、付き合えるかも、なんて思ってた。

「瀬戸君って、好きな子いるの?」

 5月ぐらいに、私は勇気を出して彼に聞いてみた。中学生のときは友達も少なくて、絵に書いたような本の虫だった私に、恋愛は難しい。恋愛という学問において、落第は必至なレベル。だからこそ、こんな下手な聞き方になった。恐る恐る、返答を待つ。

「いないよ。それに僕、南さん以外の友達って、須藤ぐらいだから」

 心底ホッとしたのを、今でも覚えてる。良かった。このまま行けば、もしかしたら好きになってもらえて、付き合えるかも知れない。なんて、希望に溢れていた。実際そう。彼と関わる子なんて、私以外見なかったから。

 でも、油断していたらだめ。男の子は知らないだろうけど、このクラスの女の子には、派閥がある。

 まず、委員長とその、仲のいい女の子達のクラス女子半分。私みたいな、静かな子たちが2割。あと、怖そうな人達が2割。私は委員長とも仲が良かったから、2つの派閥にいた。

 え?足して9割しかない?

 そう。

 このクラスには、誰も逆らえない、絶対女王がいる。その子には、学年中が総力を上げても勝てない。というより、慕っている子が多すぎるから、まず学年中が彼女の味方につく。

 その子の名前は、白川紫苑。

 怖い子達の派閥に入りながらも、委員長とも仲がいい、正真正銘の最強。それに加えて、恐ろしい程の完璧美少女。人を全く寄せ付けようとしないような鋭い目をしてるのに、どことなくフレンドリーで関わりやすい。あの子には誰も、付け入る隙がなかった。

 だから白川さんのいない私達の派閥は、必然的に最下層。好きな人が被ろうモノなら、私達は為す術もなく、取られる。それが女子社会の理だった。だからいち早く好かれて告白して、自分の彼氏にしなきゃいけない。私達に対する唯一の救いは、噂によれば、白川さんは恋人を作らないらしいことだった。

 それなのに、早くしないといけないことはわかってるのに、私は、勇気が出なくて、告白なんて以ての外で、デートに誘うことすら出来なかった。そのまま夏休みが来て、彼と会うことはなくなった。


 焦燥に明け暮れる日々。趣味の本は読み続けてるけど、話す相手はいなかった。彼に何かメッセージを送ろうかと考えたけど、私はその勇気すらも出なくて、ただひたすらに、過去のメッセージを見てニヤニヤするだけ。私、陰湿でキモい。

 いくら本の虫の私と言えど、散歩ぐらいはしたいので、外に出ることにした。暇で暇で、色んな所を歩く。たまには電車に乗ったりして、散歩に出かけた。

 そこで私は、彼を見かけた。犬を連れて、退屈そうに散歩する彼。やっと、会えた!

「あ」

 彼が明後日の方向を向いて、呟く。そんな姿も私にとっては、魅力的。近づいて私も挨拶をしようかな、なんて戸惑う。ちょっと、緊張するし。

「や!」

 聞き覚えのある声が、彼の向いた明後日の方向からする。女の人の、透き通った、美しい声だったから、びっくりしてそっちを見た。見覚えのある、世界の視線を一点に集中出来そうなぐらいの、美少女がいた。白川、紫苑。

「君とはよく会うね。このあたりに住んでるの?」

「まぁ、そんなところだよ」

 色々な想像が、私の中で飛び交う。

 もしかして二人は、付き合ってる?

 いや、それはない。白川紫苑は恋人を作らないらしいから。どれだけのイケメンでも、何事も無かったかのように振る。それが白川紫苑と聞いていた。

「私にもリード、持たせてよ」

「別にいいよ」

 肌の露出面積の多い、珍しい白川紫苑を見て、私は嫉妬に狂う。誘惑しに行ってるじゃないか。

 そして、白川紫苑がこっちに気づいたように振り返った。私と、目が合う。心臓が、止まるかと思った。目が合ってるのに、まるで合ってない。何を言ってるかわからないと思うけど、本当にそう。私は、見られていない。興味なさそうに向き直したあと、犬と戯れていた。

 それからほぼ毎日、同じ時間帯に私はそこへ行って、二人の後をつけていた。そしてそのうちに、二人が連絡先を交換しているのを、見てしまった。

 取られる。というより、終わった。白川紫苑が相手なら、私なんてそこらに落ちてるただの石。相手は、芸能人顔負けなんてレベルをとうに超えてる美少女なのに、私なんかが……。

 いや、それでも諦めるわけには行かない。私だって、初めて、彼氏にしたいと思うぐらいの恋をしてるから。相手がたとえあの、白川紫苑だとしても、私は負けるわけには行かない。

 それにふと思った。これは、チャンスなんじゃないか?

 白川紫苑を、最強の座から引きずり下ろす、チャンス。私が、トップに立つ。白川紫苑から彼を奪って。

 やる。

 やってやる!

 どんな手を使ってでも、私は彼を手に入れる。

 勝負だ、白川紫苑。

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