美少女≠彼氏紹介

 休日。今日は珍しく、紫苑の家に来ていた。ちなみに来るのは2回目で、1回目は夏休みに紫苑の服を取りに来たとき。でも今回は、訳が違う。

「緊張しすぎでしょ!」

 紫苑の家の10mぐらい前で、緊張して悶える僕を、紫苑がゲラゲラ笑う。憎くて仕方がない。逆になんで緊張しなかったんだよ。あ、あれはあれで本人的には緊張してたのか。僕にもあのメンタルの防弾チョッキを売って欲しかった。

「死ぬほど緊張する。吐き気してきた」

「吐くなら私の家で吐きなよ」

「余計吐けないよ!」

 また紫苑がゲラゲラ笑う。うぜーーー。かつてないほど、自分の彼女に苛立つ。こういうのって彼女側も緊張するもんじゃないの!?僕は少なからず緊張したのに。

「お父さんもお母さんもそこそこ忙しいから、早く行って終わらせちゃおうよ」

 紫苑の言うとおりなので、意を決して玄関のドアを開けた。


「いらっしゃーーーい!!」

 陽気な声と、クラッカーの音。心臓が弾け飛ぶかと思った。言葉なんて、出るわけがない。

「お邪魔します……」

「どうぞどうぞ!」

 思考が停止している。ということしか今の状況を僕は理解出来ていなかった。紫苑の親は強烈って聞いてたけど、ここまでとは聞いてない。

「お父さん、これ私の彼氏」

 ……。

「紫苑が選びそうな彼氏だな!」

 納得しないでほしかった。どこをどう見たら、僕で納得出来るんだよ。

「瀬戸宗次郎です」

「足が速くて抜刀術が出来そうな名前だな!」

 親子揃って同じこと言うなよ。紫苑の性格がこんななのがよく、理解出来た。

「お父さんとお母さんだ!」

 見ればわかる。それ以外の人なら怖い。

「よろしくお願いします」

「早速だけど、紫苑が迷惑かけてない?」

「おっしゃる通りなんです!!もう、毎回毎回大変で!聞いてくださいよ!こないだなんて、人がいる前でキスしてきたんですよ!」

 なんて言えたらいいのにな〜。悲しきかな僕は「全然ソンナコトナイデスヨー」なんてカタコトで言う。紫苑なら言ってたんだろうけど、僕にそんな勇気、あるはずもなく。

「それで、今日呼んだ理由、紫苑から聞いた?」

「紹介したいから来てって言われたんですけど」

 僕が見ると、目をそらす紫苑。

 おいおいおいおい。

 嫌な予感しかしない。ホントに、嫌な予感しかしない。思い当たることを、フルパワーで考える。思い当たることしかなかった。ゴールデンウィーク、夏休み、プール。あぁ、僕はここで殺されるかもしれない。

「紫苑が、修学旅行とは別で、彼氏と旅行に行きたいって言い出してね」

「へ?」

 もう一度、紫苑を見る。全力で、目をそらしてる。言えよ!!!!

「紫苑から何も聞いてなかった?」

「はい。全く」

「紫苑。普段から何事も詳細を話せって、言ってるよな?」

 お義父さんに迫られてタジタジの紫苑。こんな怯んでるのはレア。

「紫苑ちゃん。お母さんにも、言うことあるわよね?普段、何食べて生きてるの?」

 救いを求める目で僕を見る。自業自得だろ!僕を見るなよ!あ、言えることあった。

「ずっと菓子パン食べてますよ。朝食は僕の家に通ってます」

「違うんだって!ちょっと瀬戸君、何言ってんのさ!」

「違うことないだろ!僕が起きたら、毎日僕の席で食パン食べてるだろ!ピーナッツジャムまで塗って!」

「ひぃ!」

 四面楚歌の紫苑。哀れで可愛い。この他にもチクることは沢山あるけど、黙っておいてあげることにした。僕って優しいな。

「うちの紫苑がごめんね。よかったら、うちにも食べに来てね」

「是非、いずれ」

 紫苑のご両親に、親近感が湧いた。一気に。普段から紫苑の教育に手を焼いているんだな〜、なんて。僕は教育してるわけじゃないけど、振り回されてばっかりだし。

「ところで話を戻すけど、瀬戸君はどうかな。うちとしては瀬戸君の人柄を見れて安心して送り出せるんだけど」

「僕は、大丈夫ですよ」

「それなら良かったよ!早速、チケット取っておくね!」

 チケット?

「瀬戸君はパスポート持ってる?」

 パスポート?

 持ってるはずだけど、え?

「えっと……」

「ホテルはどこにしようか。空港から近いほうがいいよね!」

 今、気づいた。紫苑が人に何も言わずに一人ですすめるのは、親譲りだ。絶対にそう。僕が「Yes」って言った段階で、全てが「Yes」になった。

「あの、詳細を知りたいんですけど……」

「あぁ!紫苑から聞いてくれ!お父さんは手はずとかとっとくから!」

「ごめんね〜、お父さんもあんな感じなの」

 知ってました。いえ、気づきました。

 紫苑を見ると、テヘペロ、なんてしてる。怒りなど超えて、呆れた。ここまで何も言ってないとは思わないだろ。

「それで紫苑、どこ行くんだよ」

「イギリス」

 どえええええええええええ。

 ど、どわぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 いくらなんでも、ぶっ飛びすぎだろ。

「私がイギリスに瀬戸君と旅行に行きたいって言って、まずその彼氏と会わせてくれって言われたから呼んだんだよ」

 あぁ、頭が痛い。ただ会って話をするだけじゃないのかよ。社会って怖い。こんな人が働いてるんだろ。ついていけるわけない。

「そうかよ。それで、いつ行くんだよ」

 また、目をそらす。もう嫌な予感しかしない。もう今日ずっと、嫌な予感しかしてない。

「11月だよ」

「11月の何日だよ!」

 そこまで適当にすんなよ!

「11月16日〜11月22日」

 紫苑の誕生日の前日に帰ってくるのか。何か用意しようと思ってたけど、時間ないじゃないか。今は9月。まだ、マシか。これをマシだと思う僕も末期か。

 人の家で、絶望に浸る。

 あ〜、知らない天井だ。

 人生、もう嫌になってきた。

 彼女に狂わされるのは文化祭だけじゃなくて、人生もだった。

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