後どれくらいの夜を月へ歩いたら

「そういえば、紫苑の誕生日っていつなの?」

 半年以上付き合って、彼女の誕生日を知らない彼氏。普通に考えて、異常。世間一般なら斬首刑。

「私、誕生日嫌いなんだよね。私がこの世に産まれた日なんて、どうでもいいでしょ。それより、私が私として初めて存在した日の方が、よっぽど記念すべきだよ」

「なら、その日はいつ?」

 そう言うと、僕の方をじっと見る紫苑。どこを見てるか、わからない。久しぶりの、目は合ってるけど、その更に奥を見るような、そんな感覚。

「私にもわかんないよ。自覚出来ないし。気づいた頃には白川紫苑として自分を確立してたから」

 紫苑にもわからないなら、僕にもわからない。

「なら、産まれた日は?」

「11月23日だよ。フィボナッチ数列って覚えたら覚えやすいよ」

「誕生日、何欲しい?」

 そう言うと、ちょっとびっくりしたような顔をする。

「ド直球に聞いてくるね」

「それ以外、術を知らないからな」

 う〜ん、と悩む紫苑。答えるまで、待った。

「月に行きたいな〜」

 行けるわけ無いだろ。紫苑は気分で答えることが多いから、確かに妥当な回答。いや、妥当でもないか……。

「私、瀬戸君と月に行って、ずっと二人で何もせず暮らしたい」

「どうやって月まで行くんだよ」

 紫苑が立ち上がって、フェンスから下を覗く。

「危ないぞ」

「危なくないよ。この先は、夢でいっぱいだから」

 紫苑はずっと、死生観が狂ってる。僕と出会ったときから、ずっとそう。横断歩道なんかを待ってたりすると、ふっと、足を進めそうなときがある。

 だから、僕は怖い。

 紫苑が、怖い。

 未来が、怖い。

 いつか紫苑を失いそうで。

 別れるとか、そういう問題をずっと言ってきたんじゃない。

 紫苑は、死にそうなんだ。

「瀬戸君はさ!」

 紫苑が、叫ぶように言う。

「私のこと、守ってくれる?」

「守るよ。絶対に」

「私にとっての何者かに、なってくれる?」

「なるよ。ずっと、永遠に」

 そう言うと、安心したような顔をする。そして、手をメガホンのようにして叫んだ。

「瀬戸君、大好きだよ!」

 周りを見ると、先輩も後輩も、聞いてなかった。僕も安心して、叫ぶ。

「僕もだ!紫苑が、大好きだ!」

「後どれぐらいさ!月に歩いたら、私達は現実から逃れられると思う?」

「もうあと半歩後ろで行けるけど、僕を置いていくなよ!」

 僕がそう言うと、紫苑はこっちに戻ってきた。そして、キョロキョロしてから、キスをした。

「キスするの、久しぶりじゃない?」

「そうでもないだろ」

「私、キスするの好きなんだ。溶けてくみたいで」

 そう言うと紫苑は、また、唇を合わせた。紫苑の笑顔が月明かりに照らされて、神々しく見える。いつか僕達は、今日のことも思い出すのかな。そして二人で、笑い合うのかもしれない。そう言う未来を、望んでる。きっと、紫苑も。


「二人とも、望遠鏡で月見ない?」

 僕達がベタベタしている、暗闇から声がした。二人で慌てて離れて、先輩の方へ向かう。

「月、キレイに見えます?」

「見えるわよ。今日は乾燥してるから、さらにキレイね」

 紫苑が望遠鏡を覗いて、感嘆の声を上げていた。

「君は見ないの?」

「僕は見ないです」

「そう。彼女が見てる姿見てるほうが、楽しいのね」

 慌てて先輩の方を見る。すると、呆れたような顔をしていた。紫苑のせいで、またバレた。

「あれだけベタベタしておいて、バレてないと思ってるの?」

「はい」

「それに、白川さん。あなたが思ってるより、あなたと話してるときの顔が、好きな人を見る女の子のそれなのよ」

「注意しておきます」

 はぁっ、と更に呆れられる。僕そんなに悪いことしてないだろ!どう考えても、紫苑が悪い!

 それに、注意したって多分治らないし。どうしよう、また、悩みが増えた。僕の方が半歩下がって、お空へダイブしたい。紫苑はそんなことを思ってるなんて知らないで、後輩達とキャッキャ騒いでいる。哀れだな〜。哀れで可愛い。

「瀬戸君も見なよ!」

「僕はいいよ」

「見て!」

「はい」

 関係性がよく伺える光景。彼女に逆らえない彼氏。一般的なカップルは、彼氏側が優しいから逆らわずに聞いてあげるだけだけど、僕達はそんなんじゃない。物理的にも紫苑の方が強いだろうし、権力的にも紫苑の方が強い。

「確かに、キレイに見えるな」

「私、月食見てみたいんだよね」

 月を見てそれ思うか?普通。

 やっぱりこいつの感性はイかれてる。元々頭もイかれてるか。あ、メンタルもイカれてたわ。

「私、天文部で良かったーー!」

 屋上に来たいだけだった癖に。

「そう言ってくれると良かったわ。私は今日で最後だから、あなた達にも天体の良さを知ってもらいたかったの。どうしても、知ってる人に教えると味気ないというかね。知らない人に布教するのって、気持ちいいでしょ?」

「わかります!適当に吊り上げて、私の趣味を押し付けて、それにハマらせるの、最高に楽しいです!」

 それはちょっと違う気がするし、何の話してるんだよ。そういえば僕も、紫苑と一緒にいられるっていうタイトルに吊られて、ランニングという紫苑の趣味を押し付けられた気がする。紫苑、珍しくやるじゃないか。

「そうね。だから、あなた達が天体観測だけでも来てくれて、嬉しかったのよ。私も天体観測ぐらいは顔を出そうと思うから、また会いましょうね」

「是非!また私に星見せてください!秋の四角形も見たいし、冬の大三角形も見たいです!」

 意気揚々の紫苑に、笑う部長。でも、笑ってられる事態じゃないことに気づいたほうがいい。なぜなら、僕達がミーティングに参加しないと、後輩二人の部活になるから。

 やっべぇーーーーーー、この部活、やっべぇーーーーー。


 結局、買ってきた団子の8割を紫苑に食べられ、お腹が空いた僕達に限界が来て、月見は終わった。帰りに晩御飯食べることに決定して。それには、先輩の送別会も含まれてたらしいけど。ちなみに、紫苑はそこでも人並みに食べてた。太らないのがすごい。

 そして、月に向かって、歩いて帰った。2学期が始まってから1ヶ月ぐらいで、力尽きて死にそうなほど色々あったけど(主に横にいる美少女に巻き込まれて)、平和に終われてよかった。

 めでたしめでたし。

 で、終わるのが現実じゃない。

「あ、そうだ瀬戸君」

「なんだよ」

「私の親が、瀬戸君に会わせろって」

 えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜。

 多分、僕の話はここで終わり。

 次回、瀬戸死す。デュエルスタンバイ!

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