僕達の夢物語

「瀬戸先輩、白川先輩と一緒にランニングしてたんじゃなかったんですか?」

 全員リレーで2人に抜かれるという醜態をさらした僕に問い詰める瀬川。無茶言うなよ。そもそも、あの順番は紫苑が走るはずだったんだから。紫苑より遅い僕が、抜かれないはずがない。なんて開き直っておく。

「してこのザマだよ」

「情けないですね」

 この子はストレート過ぎる。紫苑と真逆。普段紫苑で慣れているから、僕の心には効きすぎる。心の核は一瞬で弾け飛んだ。

「ごめん」

「そんなにしょげるんだったら、最初から練習しておいてください」

 呆れたように言う瀬川。あぁ、やり直したい。体育祭なんてやっぱりカスだ。結局、運動の出来ないやつを吊り上げるだけの、公開処刑イベント。体育祭を考案したやつを、僕は全力で非難する。

「それでも、二人三脚はカッコよかったですよ」

 表情も変えずに言う瀬川。やっぱり、瀬川は瀬川で、感情が読み取りにくい。何を考えてるのか、わからなかった。紫苑と同系統なら何も考えてないんだろうけど。

「紫苑のおかげだけどな」

「そうですね。全くその通りです。棒旗取りなんて、完全に白川先輩の一人舞台でしたし」

 最初はダルいとか言ってた紫苑は、なんだかんだ全競技、張り切っていた。いや、終始張り切っていた。応援は目に見えるほど、適当だったけど。

「そうな」

「しっかりしてくださいよ。彼氏なんですから」

 後輩の美少女に説教される僕。惨め。そしてそれを、妹に見られた。

 誰か僕を斬ってくれませんか!?もう早く現実から去りたいんです!

 メガホンが欲しい。この体育祭にいる全員に呼びかけたかった。

「虚ろな目しないでください。さっさと閉会式行きますよ」

「人生の閉会式?」

「何言ってるんですか?」

 あ、すみません。なんだか申し訳なくなる。惨めすぎて。


 体育祭終了後、皆で帰る流れになって、運動部達の会場の片付けが終わるのを待つ。文化部は特になにもやることがないので、教室で喋って待っていた。死んだ目でひたすらに、口を動かす。もう自分が何を話してるのかわからない。腹話術の、人形みたいな状態。

「瀬戸君も頑張ったじゃん!」

「はっ!」

 紫苑の声で目を覚ます。

「何の話?」

 周りを見ると、マイさんとミミさんと紫苑。いつかも言ったけど、ハーレムは明るい人間が形成出来るのであって、僕みたいな暗い人間は、顔の整った人間に囲まれても、ただ圧に殺されるだけ。何も、話せない。これが事実で、これが現実。だから小説の世界のハーレムが羨ましい。暗い人間がいきなり成り上がれるわけないだろ。それは最早別人だ。

「二人三脚頑張ったよねって話」

「あ、うん。ほぼ紫苑に引っ張られてただけ、だけど」

「でもでも、紫苑に合わせられるのは瀬戸っちぐらいだしね〜」

 それもそうかもしれない。暴走機関車紫苑は、ブレーキがついてないから並の人間では無理。

「でも僕は、それ以外何か出来る人間じゃないから」

「それは私もだよ。将来、何も出来ないから、今を必死に生きてるだけ」

 生きるのって、面倒くさいな。色んなことを考えて、感じて、時を過ごす。思考を捨てたその瞬間、自分が自分じゃなくなる。そうやってまず、自分が死んで、つまり魂が死んで、肉体が滅ぶ。一度失った自分は、もう二度と僕の元へは帰ってこない。だから懸命に、生きてる。自分を貫いて、生きてる。

「運動部ほって、帰ろっか」

 ミミが提案する。

「そうな」

 いつまでかかるかわからないのに、待ってるのもバカらしい。


「体育祭、意外と何もなく終わったね」

 紫苑が、二人になってから言う。体育祭の前は色々あったのに、それを全部無かったかのように話すのは紫苑らしかった。もう多分、どうでもいいんだろう。

「そうな」

「私達が付き合って、半年以上が経ったんだって」

 思えばそう。去年は長く感じていた半年が、今年は早く感じた。紫苑と一緒に時の流れを感じることで、僕は僕でその感傷に浸っていたのかもしれない。

「まだちゃんと覚えてるよ。私達が付き合った日のこと。多分一生、忘れない」

 女の子が言う一生って、当てにならないらしいけどね。と紫苑が笑っていう。

「僕も、忘れないよ」

「私、瀬戸君には嘘つかないからね」

「そうな」

 そして突然、あ、そうだ。と紫苑が言う。

「体育祭盛り上げるために最初に私が言ったこと、覚えてる?」

 なんだっけ。白川特戦隊だっけ。あ、汗拭いてあげる、の方か。

「残念ながら、汗は乾いてるよ」

 そう言うと、紫苑はいきなりキスをした。お互い慣れたものだと思ってたけど、存外そうでもなかった。柔らかい感触が、僕の頬を赤くする。

「私達の夢物語はさ、どこまで続くのかな」

 紫苑も頬を赤らめて言う。

「僕達が死ぬまで、ずっと続く。どこかで区切られることもないし、止まることもない。ただ毎日、ダラダラ続くんだよ」

「それが現実?」

「これが現実」

 退屈でつまらないのが、現実。

「なら私達の現実っていう夢物語に、章とか区切れはないんだ」

「ないよ。逆に現実にそんなもの、あるはずがないから」

 久しぶりに、紫苑と手を繋ぐ。二人に同じ現実が流れる。この空気感が僕は好きできっと、紫苑も同じく好き。

 もう秋の、冷たい夜空が世界を包み込む。もう紫苑と出会って、1年以上が経った。僕達は、関係以外、何も変わっていない。

 同じ現実を、一緒に生きてる。ただ、それだけ。

「月がキレイですね〜」

 紫苑が挑発するように僕を見て、言う。

「どこがキレイなんだよ。こんな現実の月、腐ってる」

「それはそうだね。私も、現実なんていうモノにはウンザリだよ」

 早くどこかへ、二人で行きたいね。なんて紫苑が言う。キレイな月が見られる世界へ、僕も早く行きたかった。

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