感情

 ➝今、お前どこにいんの?

 須藤からの突然のメッセージ。普段からこいつと連絡を取り合う習慣なんてないから、ビックリした。

 ➝駅だけど

 ➝今すぐ学校戻ってこい

 ➝なんでだよ

 ➝走ってな

 それ以降何も送られてこず、僕はとりあえず言われたとおりにランニング程度で走って戻る。どうせまた、宿題写させてくれとかだろ。


「あれヤバかったよね」

「マジで関わりたくねぇわ」

 そんな声が、歩を進める度に聞こえてくる。まさか走ってる僕のことじゃないよな。歩きたかった。疲れてるし。でもなんとなく、走った。

 紫苑が僕に走れって言ってる気がして。


 学校について、下駄箱に向かう。もうだいたいの人は下校してるから、学校につくとほとんど人とはすれ違わなかった。部活をする声だけが響く。

 そんなはずなのに、怒号が聞こえた。うわ〜、これか〜なんて思う。関わりたくないって言ってた理由がよくわかった。それに、僕の下駄箱の前でやってるし。

 人影に見覚えがあって、恐る恐る、覗く。殴ったと思えば、蹴っていた。やられてる側の顔は、柱で死角になっていて見えなかった。

 それでも、やってるのはポニーテールの女の人。

 南さん。

 目を疑うような光景だった。

 普段は大人しい印象の南さんが、鬼のような表情で人を蹴ってる。

 蹴ってる相手が気になって、ソッとみて、ゾッとした。ソッとゾッとって、見にくいよね、なんて思ってる場合じゃない。

 うずくまって、手で顔の前だけをガードしてるようなボブヘアーの女の子。

 見覚えが、ある。

 頭の中が真っ白になるのを、感じた。

 怒りで息が詰まる。

 迷わず、南さんに横からぶつかって吹き飛ばした。

「おい紫苑!大丈夫かよ!紫苑!」

 ボブヘアーの女の子は、間違えなく紫苑。

 虚ろな目で、虚空を見ていて、僕が認識されてないのがわかった。

 いつもは冷静なフリをしている僕。

 今回も冷静でいられればよかった。

「何やってくれてんだよ!」

 力の限りで叫ぶ。

 この理解できない状況を、全力で拒むかのように。

「白川さんが、悪いんだよ」

 どうでも良かった。紫苑が悪いかどうかなんて、そんなのどうでもいい。僕は何があっても、世界が紫苑が悪いと言っても、紫苑の味方でいるから。

「紫苑が悪いわけ無いだろ!説明しろよ!」

「白川さんが私に、言いがかりつけてくるから」

「そんなこと聞いてねぇよ!なんで紫苑を殴ったかって聞いてんだよ!」

 南さんが自分の非を認めるまで、何度でも問い続ける。

 しばらくして、沈黙が流れた。

 何も答えない南さん。僕は頭が真っ白で、何も考えられない。

「瀬戸君、もう、大丈夫だよ。ごめんね、私が守ってあげられなくて」

 紫苑が何を言っているのか、痛いぐらいわかる。

 僕が南さんと仲がいいのを知ってたから、南さんとの間に何かあったのを、一人で話し合ったのだろう。

 それで揉めることを知ってたから、僕には内緒にしていた。

 寧ろ、守ってあげられなかったのは、僕の方だ。

 自分が情けない。

 紫苑一人、守れない。

「紫苑、僕の方こそごめん。紫苑を守ってあげられなくて、ごめん。力がなくて、ごめん。でももう、大丈夫だから」

 そう言って南さんと向き合う。

 僕に、出来ること。

 それだけを今、懸命に探る。

「二人の間に、何があったんだよ」

「瀬戸君と白川さんを、引き離そうとしたんだよ。それを白川さんに気づかれた」

「だからって、紫苑を殴ったのか」

「瀬戸君、白川さんに振り回されて可哀想だったから。そんな人は放っておいて、私と付き合わない?」

 僕にはわかる。南さんは多分、自分のことしか考えてない。多分、何かしら紫苑に咎められて逆ギレして、暴力をふるったのだろう。

 許せない。

 到底、許せることじゃない。

「絶対に御免だね。紫苑を傷つけるようなやつと、付き合う気はないし馴れ合う気もない」

「でも、私は瀬戸君を思って……」

「僕のことを思うならもう二度と紫苑と僕に関わるな!ふざけてんじゃねぇぞ!紫苑にこんなことして、何が付き合いたいだ!まず謝れよ!」

「白川さんは瀬戸君で遊んでたんだよ!そう、きっとそう!目を覚めしてよ!」

「目を覚ますのはそっちだろ!いい加減にしろよ!」

「なんで、わかってくれないの……?」

 そんな悲しそうな顔すんなよ。まるで、僕が悪いみたいな。僕だって好きで、こんなことしてるわけじゃない。僕の方が、なんでわかってくれないのか不思議なくらいだった。

「もう、いいよ。二度と関わらないでくれ。そしていずれ、紫苑に謝ってほしい。考えが変わったら、また話そう。今の僕達じゃ多分、わかり合えないから」

「白川さんといたら、瀬戸君はどんどん狂ってく!私は瀬戸君のこと思っていってるんだよ!自分ではわからないと思うけど、私からしたら、いつ、いなくなってもおかしくないそんな危なっかしさを、感じるの。そう、白川さんと同じ、危なっかしさ。だから私は、白川さんと別れて欲しいの。これ以上白川さんといたら、ホントに瀬戸君が、死んじゃいそうで」

「死ぬときは、紫苑と一緒に死ぬよ」

 そう言って、紫苑を抱き上げる。まだ虚ろな目をしていたけど、今度は目が合うのがわかった。それだけで、安心した。

「瀬戸君!……死なないでね」

 南をさんがそう叫ぶのを、無視した。

 紫苑が死ぬなら僕も死ぬから、死なないなんて言えない。それなら紫苑に、言ってほしかった。


「ごめんね。瀬戸君の心、私、守れなかった」

 フラフラと立ち上がった紫苑を連れて帰っていた。しばらく沈黙が続いたけど、我慢できなくなったらしく、紫苑が切り出した。

「いいんだよ。これで」

 紫苑が生きてたら、何でも良かった。

「紫苑、痛くない?」

「う〜ん。口の中が鉄の味するけど、それ以上でもそれ以下でもないかな。歯がかけたとかとないし」

 それなら、良かった。きっと紫苑は自分の顔に執着とかないだろうけど、世界から紫苑が欠けるみたいで、僕が嫌だった。南さんの言うとおり、僕もだいぶ狂ってる。紫苑に狂わされるなら、なんでもいいか。

「反撃してないのは、流石紫苑だな」

「もっと褒めてれて、いいんだよ?」

 薄く笑う紫苑は弱々しくて、脆くて、それでいてどこか、生命力を感じさせるような、そんな顔だった。

 今の紫苑ならきっと、死なない。

「まぁまぁ、瀬戸君も気にせず、来週の体育祭楽しもうよ」

「そうな」

 紫苑に言われたら、否定出来なかった。

 これは多分、あとのことは自分に任せろって言うこと。危ないのはわかってたけど、素直に任せることにした。僕がいちいち出しゃばるのも、違う。

 紫苑を、信じる。

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