決戦=美少女 第拾九話「女の戦い」
下駄箱の前で、まだ待ってるかもしれないと思って駆けつける。いつもの定位置に彼の姿はなく、ホッとする反面、下駄箱辺りをウロウロしている気になる影があった。
「南、何してんの?」
「あ、白川さん。瀬戸君知りませんか?」
「私の彼氏に何か用なら、私が聞くけど」
「いえ、本の話でもしようかと」
今の私ならわかる。この子も、笑ってるように見えて笑ってない。でも、まだ甘い。目まで笑いきれてない。私なら目まで、完璧に笑顔を作れるからよくわかる。2流が。
「須藤に全部聞いたよ」
そう言うと、南が動きを止めた。靴を履き替えようとして座っていたのに、履かずに立ち上がる。そして私を、ゆっくりと、見る。なんの表情の変化もなしに。
「白川さんが悪いんですよ。降って湧いた様に、私の好きな人を取るんですから」
「だからって、瀬戸君を悪者にするやり方は気に食わない」
「白川さんに私の何がわかるの!」
「何にもわかるわけないじゃん!南の都合なんて私はどうでもいいし興味もないの。ただ私の瀬戸君を傷つけるような真似は辞めて。瀬戸君は優しいからきっと、南がこんなことしてても許してくれるでもね、私は許さないから」
「私こそ白川さんが許そうが許さまいがどうでもいいんです。最後に私が瀬戸君から選ばれれば、それでいいんです」
「なんでよ。須藤と付き合ってるんじゃなかったの?」
一瞬悩む南。そして、思い出したような顔をする。
「利害が一致したから、そういうフリをしておいてもらうように頼んだんです。なので、恋愛感情なんてありませんよ。そもそも、私が瀬戸君を狙っていて、須藤君が白川さんを狙ってた。そしてあのパフェの日に、私達は見てしまって行動に移したんです」
「なら須藤は、言われたことをやってただけってこと?」
「そうです。文化祭のあの日、私は須藤君に瀬戸君は白川さんのことが好きと、教えたんです。まるで付き合ってるって教えるかのように」
そもそもおかしい。私は確か、南に私達が付き合ってるって言うことを言った覚えがなかった。としたら、デートしているところを見られたのか。
「委員長にいらないこと言ったのも南?」
「そうです。須藤君が何故か、これ以上はもうやらないってプールのときから言い出したので」
須藤はやっぱり、彼のことを守ってくれてるだけだった。ごめん、須藤。勘違いして。それでも引き裂こうとしたことは恨むけど。結果論引き裂かれてないからギリギリ許してる。
「須藤君は瀬戸君を守りたいだけだよ。南が瀬戸君を好きなら、私達を別れさせようとするのも理解できる。私も多分、同じようなことをするだろうから。でもね、瀬戸君を悪者にするのとそれは違う」
「違いません。瀬戸君は私だけを見てくれればいいんです。周りから嫌われて、私に依存してくれれば、それでいいんです」
根本的に私と似てるかもしれないと思ってたけど、違う。私と違って、彼のことも考えず、自分のことしか見てないんだ。これは本気でヤバい。私もなかなかの性格の悪さだと思ってたけど、この子はそれ以上だ。
こんな人を瀬戸君に、渡したくない。私が、瀬戸君を守る。
「瀬戸君はね、そういう子、好きじゃないよ」
これは事実。彼は、彼の意思を強く持ってる。だから彼は、自分のことを考えてくれてるかどうかはよくわかってる。
「白川さんに瀬戸君の何がわかるの?」
「わかるよ。彼女だから」
そう言うと、靴が飛んできた。持ち前の反射神経でそれを避ける。
「瀬戸君のこと、わかったように言わないで!彼女彼女って、鬱陶しい!」
「南よりはわかってるから。私は彼のことを、世界で一番、考えてるから」
「いつまでも彼女ヅラしないで!彼を振り回して彼を弄んで、いい加減にしてよ!」
「私が彼女なんだから当たり前でしょ!いつまで夢見てんの!選ばれたのは私!これからも私!好きな人の気持ちすら考えられない南は、一生選ばれない!」
「うるさいうるさいうるさい!白川さんに何がわかるの!私の気持ちなんて誰もわからない。わかるわけない。だから瀬戸君の気持ちも、私は理解できない。なのにさっきから、私にはわかる私にはわかるって、いい加減にしてよ!」
声と同時に、南が、拾い上げた靴の踵で私の顔を殴る。口の中で、鉄の味が滲んだ。ここで私が手を出せば、一生、わかり合うことは出来ない。ぐっと我慢して、怯んでコケた状態から立ち上がる。
「わからないって、最初から決めつけてるからわからないんだよ」
「皆から慕われてる白川さんなんかに、私の言ってることはわからないよ!」
肩を掴まれて、私は壁に叩きつけられた。後頭部と壁が接触して、南の心の中のような冷たさを感じる。さっき顔を殴られて一気に力をなくした私は、最早されるがまま。また殴られて、口から血が出る。
痛い。
痛いよ。
助けて、瀬戸君。
必死に私を殴る南を、死んだ瞳で見つめる。
あぁ、可哀想だな。この子は。
わかり合える人がいなかったら、私もこうなってたのかもしれない。
それでも、絶対的な反撃しない。
彼を、裏切りたくない。
殴り合えば、運動部だった私が勝つ。
彼は、平和が好き。
争うことは嫌いだから、この話に彼を巻き込まなかった。
「私を殴っても、瀬戸君は手に入らないよ。それでと殴りたかったら、殴りなよ」
声にならない声で言う。
気が済むまで、私を殴ればいい。
彼の心が痛むぐらいなら、私が身体でそれを受け止める。これが、常に彼の前を行く、私の役目。
私はそれから、何発殴られたんだろう。
口の中は、鉄の味でいっぱい。
目を開けると、もう目の前に、南はいなかった。
変わりに、彼がいた。
あぁ、私は、彼を傷つけた。
ごめんね、守れなくて。
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