夏休みの終わり、現実の始まり
「紫苑、消しゴム返して」
「うぃ」
夏休みの終わりまで残り5日、僕達は必死に宿題をやっていた。この1ヶ月半、何もせずに過ごしてきたから地獄を見てる。ちなみに紫苑も何もやってなかったから珍しく勉強してる。
「こんな退屈なことしないで花火しようよ〜」
「前花火したじゃないか!」
「手持ち花火と打ち上げは違うの!」
宿題を終わらせないと僕達が花火に詰め込まれて打ち上げられるのに、紫苑が喚く。
「全部終わったらいいよ」
「よし」
紫苑がやる気になって解き始める。と言っても答えをうつしてるだけだけど、まるで自分でやったかのように上手くやってる。
「瀬戸君、私が数学教えてあげよっか?」
「いいよ」
「だって瀬戸君、数学全然出来ないじゃん」
0点に言われたくなかった。
「紫苑も前のテストヤバかっただろ」
「あれは名前書き忘れただけですー」
とりあえず放っておいて、僕は僕のことをやる。筆箱すら忘れてる紫苑が端からやる気なんてあるはずもなく、ダレてる。ポップコーンを開けて、食べながらやってる。おかげで僕のシャーペンは塩でベトベト。
「英語教えてあげよっか?」
「全訳教えてくれるならいいよ」
そう言うと、紫苑が自分で解いた全訳を見せてくれた。
「そういえば、英語は出来たね」
「私、全教科出来るよ」
ウソつけ。
僕はとりあえず紫苑の全訳を全写しして、他の教科も手首が痛くなるぐらいひたすらに解答を写す。
「げ、読書感想文」
紫苑が嫌そうな顔で言う。
「アボカドで良くない?」
「あれの何書くのさ」
「実際にやってみた」
「それただの食レポじゃん」
結局アボカドの話を書いた。
「やっと終わった……」
夏休み終了前日、僕達は3日間ひたすらに答えを写してようやく終わった。
「タイムスリップ出来たら過去の私に進学校なんて絶対に行くなって言いたい」
「僕も。宿題多すぎるんだよ」
アイスを食べながら二人でリビングで倒れる。終わった開放感でアイスが食べにくいとかどうでも良かった。
「宿題なんか皆こうやって終わらせてるから意味なんてないのに、なんで出し続けるんだろ」
「真面目にやる人のためだろ」
そんな人いるかな〜、とか言ってる。いるだろ、多分。
「皆すごいよね、将来のこ考えて大学決めたり。私どこでもいいや〜」
とか言ってるのに、皆の前では有名大学の名前を上げてる紫苑。多分、知ってる名前を言ってるだけなのに、それで皆、紫苑が賢いと思っている。
「なんなら僕、テスト受けたくない」
「あ、その手があったか」
紫苑が思いついたような顔をする。
「ところでさ、花火やろうよ」
言われて思い出す。そういえば手持ち花火をやるって約束したような気がした。喉まで出かかってる「疲れたからまた今度」という言葉を必死に飲み込み、頷いた。
コンビニで2パックぐらい花火を買い、公園で二人で開ける。
「どっちがいい?」
と聞かれて、適当に派手そうなのを僕は選んだ。打ち上げ花火とはまた違う煙の匂いが、喉を攻撃する。
「これはこれで楽しいでしょ!!」
紫苑が花火を持って振り回す。
「瀬戸君、写真撮ってよ!」
携帯を渡されて、カメラを向ける。紫苑が花火で遊んでいる写真を撮ろうとすると、こっちを向いて笑った。
「撮れた?」
「ごめん、撮れてないや。もう一回お願い。あとこっち向かないで」
紫苑が花火を見ながら楽しそうにしてる写真を撮る。案の定、流れるような作業で紫苑はその写真をネットに上げた。
「なんで一枚目は駄目なの?」
「なんでもいいだろ」
そう言うと花火を僕に向けてくる。危なすぎるだろ。
「紫苑がこっち向いて笑う顔が作り笑いじゃなかったから、皆に見せたくなかったんだよ」
照れ隠しで紫苑は大笑いし、僕の背中をバシバシ叩く。痛い。
「瀬戸君もこっち向いて!」
花火を持ったまま、紫苑の方を見る。
シャッターのフラッシュが僕の目を襲った。
「いいじゃんいいじゃん。これ携帯の待ち受けにしよ」
「ちょ」
「だーいじょうぶだって!私皆の前で携帯触らないから!」
止めてももう待ち受けにしてたから、諦める。
すると、僕の携帯が鳴った。
➝写真が送信されました
開いてみると、さっきの紫苑の写真。
➝待ち受けにしていいよ
なんだか僕だけ待ち受けにされてるのは癪なので、僕も紫苑の写真を待ち受けにする。
それも、さっきの写真じゃなくてダラしない寝顔。で、スクリーンショットを撮って紫苑に送った。
「この写真何さ!」
花火を振り回しながら走ってきた。
「紫苑の寝顔だけど?」
「こんな写真人に見られたら私死ぬよ!」
顔が紫苑のもつ花火と同じぐらい赤くなっていた。
「でもさでもさ、瀬戸君その画面見られたらまずいと思うよ?」
「なんでさ」
「だって、付き合ってるってバレる以上に寝顔だったら私達、ヤッたと思われるよ」
意味を考えて僕まで顔を赤くする。
確かに須藤が南さんの寝顔の写真を持ってたら僕でも同じことを考える。しかしここで引き下がるのはなんだか癪。
「いいよ別に。事実じゃないし」
「瀬戸君周り気にするタイプでしょ?」
「そうだけど」
「私、瀬戸君のことよくわかってるから無理してるのわかるよ。今取り消したらイジらないであげるから」
そう言われて僕はしぶしぶ、仕方なく、嫌別に負けを認めたわけじゃないけど、消してあげることにした。
「あ、やっぱり変えるんだ〜」
「おい!」
紫苑の高い笑い声がいつもより癪に感じる。いつかやり返してやるから覚えとけよ。
「は〜、笑ったし、最後の仕上げやりますか」
残しておいた線香花火を手に取って、僕にも渡してくれた。
「先に落としたほうが負けね。罰ゲームありで」
「罰ゲームなんだよ」
「終わってから考える。よーいどん!」
小さな火花が、だんだん大きくなる。
前を見ると紫苑が目線に気づいて、僕と目が合う。
クスッとお互い笑って線香花火を見直す。
こんな一つ一つの動作が、愛おしく感じられた。
「あ、私の線香花火終わっちゃった」
僕の線香花火はまだギリギリ残っていた。でも、1秒も立たないうちに僕の線香花火も終わった。
「私達の夏、終わったね」
「そうな」
持ってきていた水入りバケツに線香花火を入れると、夜の静けさがより一層、僕達を包み込む。真っ暗になった世界に二人、佇んでいる。
「そういえば、罰ゲームまだだったね」
紫苑が自分で言う。
「ちょっとこっち来てよ」
「なんだよ」
そう言って近寄ると、紫苑が僕の顔を固定する。
「私からのキス、なんてどう?」
「いいと思うよ」
紫苑の綺麗な顔が迫ってきて、目をつむる。
紫苑と僕が重なるのを感じた。
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