夏の終わりと幽霊
「天文部って、幽霊の概念ある?」
「一応あるんじゃない?週一のミーティングに参加しないとか」
「それもう詐欺じゃん。部活入ってる入ってる詐欺」
夏休み終了まであと一週間と少し。僕達は絶賛退屈していた。天文部のミーティングを、先週はサボり(プール)、今週は花火大会でサボるから、入ってる入ってる詐欺になっていた。
「私達、夏休み何やってたっけ」
「天体観測」
「プールも行ったね〜」
「同棲」
「もう自然すぎて忘れちゃってたわ」
あちゃ〜、とか紫苑が言う。
「それぐらいじゃない?」
「あ、あと、私達顔おぼえられてんじゃないかってぐらい水族館行ったよね」
「もう半年は行かなくていいよ」
心底呆れてる。なんで3日に一回も水族館なんだよ。
「そう言って一昨日も行ったよね」
全てをやり尽くした。もう悔いの残ることはない。
「花火大会楽しみだな〜」
「僕、花火大会とかはじめてかも」
「えぇ!?人生で!?」
「そうだよ」
意外なことでもないと思う。花火なんて、行く機会あんまりないし。
「カオルちゃん、これ事実?」
妹にも問う紫苑。
「事実ですよ。うちの家、そういうとこ行かないんです」
肩をがっくり落とす紫苑。そういう紫苑もイメージじゃ行ったことなさそうだけど。
「わかった。じゃあ3人で行こっか」
「え!?私までいいんですか!?」
「全然いいよ!花火見たことないなんて人生の9割損してるから!」
そんなにかよ。
「私も浴衣着るからカオルちゃんも浴衣着よっか。せっかくだしね。私の前来てたやつ貸してあげよ」
初詣のときは私服だったし、そういうの持ってないし着ないと思ってた。紫苑って意外とこういうイベント参加するんだな。人が多すぎて嫌いっていうもと思ってた。
「お願いします!」と妹も張り切ってる。
「前夜祭というわけで今日は屋台回ろうよ」
紫苑の発案で今日は二人で来ていた。
せっかく作った夜の静寂をぶち壊すかのように賑やかに、光り輝く。そんな中に人が敷き詰められ、非日常さを感じる。
「この空間だけ夢みたいで、楽しいでしょ」
今日は私服の紫苑が言う。
「食べ物多いね」
「まずはタコセン食べるのが基本なんだよ」
そう言ってタコセンを買って食べる紫苑。
ちなみにボップコーンの次に紫苑が食べてるお菓子は間違いなくタコセン。コンビニで100円5枚入りをよく買って食べてる。
本人が言うには、コスパ最強らしい。ポップコーンといい、多分頭にコスパしかない。金持ちなんだからもっと使えよ、なんて思う。
「タコセンって、トッピング何が一番優秀?」
僕が聞くと、口いっぱいに入れたタコセンを必死に飲み込もうとする紫苑が答えてくれた。
「半熟卵と天カスにソース、それにマヨとネギが一番美味しい」
「それほぼ全部だろ」
「フルコンボだドン!」
食べ終わった紫苑とまた、人混みに紛れる。
はぐれないように、どちらからともなく手を繋いだ。
「次スーパーボールすくいやりたい」
「また妙なのが来たな」
子供に紛れてやる気満々でスーパーボールと向き合う美少女。周りからは完全に奇異の目で見られてる。
「どうよ!見てみて!私すごくない!?」
一気に3つぐらいすくう美少女。
周りからどんな目で見られてるか知らないんだろうな。
哀れで可愛い。
「すごいけど、持って帰ってどうするんだよ」
「部屋の中で投げる」
今すぐ全部戻してやろうかと思った。何が「哀れで可愛い」だ。哀れなのは僕じゃないか。
「あ、破けた」
よかった〜〜〜〜〜。
「6つあったら十分遊べるからいいや」
全然よくなかった〜〜〜〜〜。
新喜劇もビックリのオチの早さ。
「次はたこ焼きね」
「好きだな、たこ焼き」
「好きだよ。世界を感じられて」
そんなふうにたこ焼き食べる人間いないと思うけど。
何周かして食べ尽くしたあと、僕達は森の中を散歩していた。紫苑はりんご飴を舐めながら。
「急に静かになるね」
「そうな」
森の中は暗くて、僕達の姿以外何も見えなかった。そんな中を静かに、今度は夜の静寂を壊さぬように、進んでいく。
「小説の中でよく森に入ってくシーンあるじゃん。あれってなんなんだろうね」
紫苑が空を見上げながら言った。
「あれは無意識を表してるんだよ」
僕がそう答えると、指を鳴らす。
「なるほど、大きい暗闇の中に感情を入れて、悪意やらを出すんだね」
「そうだと思う。大切な人に普段言えないこととか」
「瀬戸君も何か言ってみてよ。私に普段言えないこと。今なら聞かなかったふりしてあげる」
んー、と僕は悩む。紫苑に対して特に悪意なんてものはなかった。強いて言えばうるさいぐらい。
「いびきと寝言がうるさい」
よくは見えないけど、紫苑が恥ずかしそうにしてるのがわかった。
「それは聞かなかったことに出来ないね」
「でもそういうのがあっても、人と一緒に寝ると何故か一人より寝やすいよな」
「それは私もだよ」
しばらく沈黙が続く。どんどん暗闇に足を進めていく。
「紫苑こそ、僕に普段言えないこと言ってよ」
「もうちょっと私の身体に興味持ってほしいな」
今まで考えてたかのように即答される。別に興味がないわけじゃないのに。
「そうな」
「瀬戸君がいつ私に飛び込んできても、どんなに乱暴にしても、私が優しく受け止めてあげるからね」
「それはどんなに辛いときも、の派生?」
僕がそう言うと、紫苑が「そうかもね」と薄く笑う。
「どんどん闇の中に入ってくけど、なんだか怖くないや」
りんご飴を舐め終わった紫苑が僕の手をとる。
「僕は闇より、光の中の方が怖いよ」
「私も。光の中だと、目が開けられなくて瀬戸君が見えないから怖い」
どこに続いてるかもわからない道を、ひたすら歩く。帰れないかもしれないなんて、考えなかった。紫苑となら何があっても、大丈夫な気がして。
「なんだか私達、幽霊みたいだね。この世に存在してないみたい」
「存在論だな」
「シュレディンガーの猫箱?」
「それでいうと僕達、生きてないかもね」
箱の中の猫が生きているか死んでいるか、中身を観測するまでわからないという話。要するに僕達は今、誰からも観測されないから生きているか死んでいるか、わからないということ。
「やっぱり幽霊じゃん、私達」
しばらくすると、見知った道に出てきた。一気に現実に戻されて、やっぱり現実は退屈だな、なんて思う。紫苑もつまらなさそうな顔をしていた。
「帰ろっか」
「そうな」
僕達は手を繋いだまま、また、光の中に戻っていった。
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