美少女≠集団

「みんな〜!いっくよーー!」

 流れてきた波に、紫苑が勢いよく乗る。

「やっほーーーーい!!」

 あの沈んでた紫苑はどこへやら、今ではテンションMAX。珍しく僕以外にも絡んでる。

「次はあのバケツ降ってくるやつ行こーー!」

 そして人の意見も聞かず、相変わらず突っ走る。

 で、それに男子みんなでついていく。

 一歩間違えればストーカー。

「あ、私ちょっと出るから、みんな先行ってて!」

 そう言って紫苑がどこかに走っていくと思うと、チラチラ僕の方を見る。

 これは、ついてこいってことか。

 紫苑の意図を悟って僕もしれっと離脱する。


「生き物って、たまに連帯行動しないやつがいるじゃん?」

「いるね」

 紫苑みたいな、奴な。

「白鳥とか」

 自分もそうだという自覚はないらしい。

「あれって、集団にもし何かあったときに種の全滅を避けるためらしいよ」

「つまり今僕達は、種の全滅を避けるために輪から外れてるってこと?」

「いや、なんとなく輪から外れたから言ってみただけ。人間にそんな人なかなかいないでしょ。連帯行動取れなくて、気分屋で自分勝手な奴なんて」

 自己紹介を聞いてる気分。

 全部紫苑の話じゃないか。

 言い出したら聞かなくて、勝手に行動して、皆で行くからって言っても平気で抜け出してくるやつ。

「ああいう生き物って何なんだろうね」

「冗談で言ってる?」

「何の話?」

 やっぱり自覚してなかった。

「で、僕は紫苑に連れ出されてどこに行くのさ」

「勿論、スライダー」

 自信満々の顔。怖いんじゃなかったのかよ。

「一人で滑ると死を感じてマジで逝っちゃいそうになるから駄目なんだけど、浮輪かりたら二人乗りできるしいんだよ」

 なるほど、それで僕なのね。

「それなら怖くなくていいな」

「いや、怖いは怖いんだけど、死ぬってなったら一緒に死ねるから安心」

 どこに安心感があるのか全くわからなかった。

 死ぬなら僕も普通に怖いんだけど。ていうか、人が死ぬスライダーって欠陥すぎるだろ。

「まず、浮輪借りに行かないと行けないね」

 更衣室に戻って財布からお金を取り、浮輪を借りに行く。思ったより高くてまた更衣室に戻ってお金を取り、やっと浮輪を借りられた。

「ポンプで膨らませるやつやりたかったのに、もう膨らんでたね」

「あれ思ったより時間かかるからいいんじゃない?」

「それもそっか。私、限界きたらすぐ瀬戸君に変わるし瀬戸君じゃ多分バテるだろうし」

 失礼すぎる。でも事実だから反論出来なかった。


「めっちゃ並んでんじゃん」

 スライダーの入口の2階下ぐらいのところで順番を待つ。

 紫苑はホントに高所恐怖症なのか、珍しく外を眺めたりせずに大人しく待っていた。

「紫苑が前?」

「そんなわけ無いじゃん。前って後ろより死を感じながら滑らないと行けないんだし。絶対後ろ」

「わかった」

「今内心、私のお腹感じられると思って喜んだ?」

「ごめん、その考えに至らなかった」

 高いところにいるとなんだか俯瞰的になるよね〜、みたいな話をしていると順番が回ってきた。

「絶対押さないでよ!!」

「押すも何も僕が前じゃないか!紫苑こそ押すなよ!!」

 僕が前に寝転んで、紫苑が後ろに座る。

「枕みたい」

「ちょ、降りたらしばくから!覚えてろし!」

 行きますよ〜と言われ、覚悟する。

 プール全体が見える。

 確かに、これは死を感じる。

 すると突然、僕の身体は急降下した。

 身体が浮くのを感じる。

 あ、死ぬ。


「ねえ、もう一回行こ!次、私前で!」

「なんでだよ!またかよ!」

「いいじゃん!ほら行くよ!」

 降りてすぐ、手を引っ張られて連れて行かれる。

 数十秒間で急降下した僕達は、水の中に見事に突っ込んで、浮輪から僕だけ投げ出された。

 あの突っ込んだときの快感のためにまた死を感じるのかよ。

「白川さんと瀬戸君?」

 クラスの女子がちょうど前に並んでいた。

「お、奇遇じゃん!」

「珍しい組み合わせだね……」

「瀬戸君がどうしてもって言うから乗ってあげるんだよ」

 どうしてもって言ったの紫苑だろ!

「瀬戸君と話すの何気に初めてかも〜」

 そう言われ、僕も初めてな気がする人と話す。

 普段は紫苑にガードされてるから、僕は基本、女子は南さんとしか話さない。紫苑のいないところで話してたら、気づかれたときの目が怖すぎるから。

「瀬戸君と初めて話したけど、意外といい人だね」

「意外が余計だよ」

「なんで白川さん誘ったの?」

 恋バナの匂いがしたのか、意気揚々と聞いてくる。今までなら否定してたけど、今の僕は違う。

「好きだからだよ」

 えー!?という叫び声。

 思わず耳を塞ぎたくなった。

「本人の前で言っちゃっていいの!?」

「さっき言ったからね」

「え、それで白川さんと一緒に乗るってことはもしかしてそういうこと!?」

「そういうことではないよ〜〜」

 デレデレしながら紫苑が答える。

 そんな顔してると逆にバレそうじゃないか!って言うぐらい、デレてる。

 多分これは告白されたときのことを思い出してる顔。

「でも瀬戸君、白川さんってこういう誘い全く受けないことで有名だからワンちゃんあるよ!」

 小声で、耳打ちするように僕に教えてくれる。

 ワンちゃんどころかこの自称美少女は僕に依存してる。


「それじゃ、私達先に滑るから、白川さんと楽しんできてね!」

 そう言って滑っていった。叫び声だけ残して。

「次私前ね、さっき言った通り」

 ノリノリで前に座る紫苑。

 僕が後ろに座ると、お腹に頭をグリグリしてきた。

「何すんだよ」

「これ、なかなかいいね!」

 にこにこで答えて、調子に乗ってまだやるから突然手を離して滑ってやろうかと思った。

 いや、なんかもう行けそうだしやってやるか。

 僕は思いっきり勢いをつけて滑ってやった。

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょ」

 本気で慌てる顔の紫苑は可愛かった。


「ねえ、どういうこと?」

「どうもこうもないよ」

「ホントに死ぬかと思ったんだけど」

 無意識に頬を膨らませる紫苑。

 なんだか面白くて笑う僕。

「ねえ!笑わないでよ!」

 笑わない方が無理な話だった。

 その後、元いた場所に戻ってしれっと合流し、バレて尋問にあった。

 散々遊んだ挙げ句、結局帰りも皆で帰ることになった。

 予定なんて立ててなくてよかった。全部めちゃくちゃにされて立ち直るHPが残らないところだった。

 横で可愛く眠る紫苑を見て、なんとなく頬を触る。

 また来られるといいな。

 夏休みの夢みたいで妙な現実。

 去年のことを考えると完全に夢だけど。

 もう残り1ヶ月もないと思うと、なんだか寂しくなる。

 それでも、紫苑を見習って前向きに考えることにした。

 あと1ヶ月、楽しもう。

 夢みたいな現実なんて味わえるのは、今しかないかもしれないから。

 そこで、紫苑がいつかに言っていた、現在は今この瞬間しかないっていうのを思い出した。

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