エンカウント
14時。広大なプールの中、意識をシャットダウンして突っ立っている僕。紫苑と一緒に来たのに、何故か一人。
「瀬戸殿、皆といかないでござるか?」
「そうな」
僕はイライラしながら拙者野郎についていった。
「やっぱりスライダーってさ〜、見る分にはサイコー✌」
流れるプールに流されながら、スライダーを見て紫苑が言う。僕達は朝早くから家を出て、開園と同時に大急ぎで着替えて流れるプールに飛び込んだ。
「一番最初に流れるプール入るのがサイコーなんだよ、抗ったり流されたり好きにするのな気持ちいいの。これわかる?」
いつもより更にハイテンションな紫苑。
実は僕もハイテンション。
紫苑の水着が可愛いのは言わずもがなで、何よりここは流れるプールじゃなくて普通のプール。この横にあるのが流れるプール。
それを自分で泳いで流されてる気になってる紫苑が哀れで哀れで仕方ない。
それにまだ気づいてない。
これを教えたらどんな顔になるか想像すると、面白くて哀れで可愛くて仕方なかった。
「スライダー苦手なんだ」
「高いのが無理」
ジェットコースターもダメ系。
紫苑に意外な弱点。
ちなみに乗れないわけじゃないらしい。
「あ、私忘れ物したから取りに行っていい?」
そう言って一人で上がっていった。僕一人で流れてもなんでもないプールで漂うのはそれこそ哀れ以上のなんでもないので、上がってベンチに座って待っていた。
15分近くたっただろう。いや、もっとかもしれない。
紫苑は戻ってこなかった。
変な輩に絡まれた?
いや、それならもっと目立つはず。
僕がこの場を離れたら、そのすきに紫苑がここに戻ってくるかもしれない。
それは一番まずいから、ぼーっと待つことにした。
時計を見ると、さらに5分が経っていた。
流石におかしい。
更衣室に戻って、携帯を確認する。
何も連絡はない。
紫苑が、危ないかもしれない。
そう思うと更衣室を勢いよく出ていた。
周りを確認して、茶髪っぽいボブヘアーの水色水着を探す。
人が多すぎて、わからない。
「あ、瀬戸君、奇遇だねー」
「紫苑!」
紫苑の声がして振り返った。
思いっきり目をそらしながら、冷や汗ダラダラでクラスメイトと一緒にいる紫苑。
その後ろに、怪しげな笑顔でニコニコして立つクラスメイト。
なんだ、クラスメイトが来ててそれに捕まったのか。心底胸をなでおろす。誰かに絡まれたか、紫苑に何かあって最悪溺れてるのかと思った。
「名前呼びなんて急にしちゃってー、あ、普段私のこと名前呼びしてたんだー」
えらく棒読み。
どうしたんだろう。
それより今は、紫苑の無事が嬉しかった。
何事もなくて、ホントに良かった。
「瀬戸、お前まさか裏切り者か?」
ニコニコした顔でクラスの人間の一人が聞いてくる。
裏切った覚えなんてまるでないし、何かをやらかした覚えもまるでない。
「いやいやまさか!瀬戸君が私と二人で来てるとでも!?」
紫苑が誤魔化す。
そんな紫苑を見て、僕は身震いした。それと同時に、冷や汗が滝のように流れる。幸い、プールにいるから誰もこれが冷や汗だなんてわかってない。
二人で来ているところを、クラスメイトに見られた。
「そうそう!僕は須藤と来てて」
「今日須藤来てねーぞ」
本気で須藤に目潰しからわせてやりたかった。
そういう話が出てるならそう言えよ!!
「とにかく、僕が白川みたいな高嶺の花と二人で来れるわけないだろ!」
「それもそうだけど、なぁ……」
完全に不審がられてる。
木村がいたから木村に目で、助けを求める。
あ、そらされた。
「あの、瀬戸君は私が誘いました」
南さんが恐る恐ると言ったように口を開けた。
流石すぎる!!
どこかのボケとはまるで比べ物にならない程の有能さ!
「あ、南さんが誘ったのか。ならなんか納得だわ」
紫苑はいつもと違ってぎこちない笑顔でいる。
あんな紫苑初めて見た。
「ねね、このあと私、色んな所連れ回されるだろうけど、瀬戸君も一緒に回る?」
「僕がいたら怪しすぎるから別のところにいるよ」
そう言うと、紫苑は残念そうな顔をした。
僕も紫苑と一緒に回りたかったから、なんだか落ち着かない気持ちになる。
「今度また、二人で行こうよ。次は海とか」
「そうだね、私も楽しみにしてる」
「じゃあ、また後で」
「うん、ごめんね」
紫苑がそう言って、いつもどおり自然な笑顔を作って、寂しがる気配を消して、皆の元に行った。
僕は一人、取り残された。
惨めで惨めで、仕方ない。
なんだよこれ。
なんで僕がこんな目に合わないといけないんだよ。
もう帰りたかった。
張り切って来た自分が、バカみたいに思える。
「一人でござるなら拙者と一緒にどうでござるか?」
泣きたい気持ちを我慢して、拙者野郎の方を見る。
何も考えてなさそうでいいな、なんて思った。
「おい瀬戸、行かなくていいのかよ」
聞き覚えのある声がして振り返る。
確か、木村。
「僕が行ったら、それはそれでまずいだろ」
「お前ちょっと俺とこい」
腕を掴まれてどこかに連れて行かれる。抵抗する気力もまるでなかった。拙者野郎は一人で僕をじーっと見ていた。あいつは寂しいとかなさそうで、ホントにいいよな。
「お前、まだ白川に無理させてんの?」
「無理ってなんだよ」
男二人で温水プール。
ありえないぐらいシュールだった。
「白川、お前のこと皆に自慢したいって言ってたぞ」
「僕が彼氏なんて言ったら殺されて終わりだよ」
「白川はお前以上にお前を評価してる。そろそろ自分を認めてやれよ。お前じゃなきゃ白川の彼氏は務まらねぇよ」
「そんなのわかってる。僕以外には紫苑の彼氏は無理だ。でもそれは内面的な話であって、外面的な問題ではてんでつりあってない。紫苑にヘイト向いたらどうするんだよ」
「それでも白川は気にしないと思うぞ。お前、白川を言い訳にして逃げてんだろ。いい加減現実と向き合えよ。まわりを認めさせてやるっていう気はねぇのかよ」
完全に運動部的なそれだった。
「白川はお前のことをとんでもなく買ってる。お前、白川のこと好きなんだったらそれに答えろよ」
「紫苑は僕を過大評価してるだけだよ。僕はそんな出来た人間じゃない」
「俺もお前のことは買ってるのにな」
どうせ適当だろ、と思って木村の目を見る。
それはでまかせを言ってる目じゃなかった。
「そうな」
「これからお前、どうすんだよ」
僕はどうしたい?
紫苑の期待に答えたい。
紫苑の考えてることはやっぱりわからないけど、でもどうしてか、紫苑はずっと、僕との関係を公表したがっていた。
それに、確かにいつまでも隠し通せるわけもない。
いっそ、堂々とする方が。
「紫苑の期待に応えたいな」
そう言うと、木村が薄く笑った。
「お前、白川と似て単純だな」
「一緒にいたら、勝手に似たんだよ」
温水プールを出て、僕達は流れてないプールに向かった。
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