天体観測 2

 先輩と後輩は望遠鏡に見入っていた。

 星座表を見ては覗き込み、星を見ては表を見る。

 僕と紫苑はそこまでわからないから、二人で夜空を眺めていた。

「星、どうだった?」

「キレイっていうより、儚かった」

 紫苑独特の感性。

 こういうところが僕は、好きだ。

「あれだけ輝いてる星一つ一つにも、寿命があって、限られた時間を生きてる。いつか消えてなくなって、ブラックホールになる。人間と同じだなって」

「この世界は上手く出来てるよ。何事も、同じ」

「私もいつか死んで、瀬戸君を取り込むのかな」

「もう取り込まれてるよ」

「私、取り込むなら、死を取り込みたい。いつか死んで、私達の肉体が無くなっても、魂があればずっと一緒にいられる。死を取り込めば、魂も吸収して、一つになれる気がする」

「それにはまず、魂の存在の証明が必要だな」

「私は、待ってるからね。瀬戸君が私と一緒になって、永久に生きられるのを。だから、一人で先に行かないでね。私は悲劇のヒロインがいいから、私が取り込みたいの」

 そう言う紫苑の顔が見たくて、なんとなく横を見ると、目が合った。

 紫苑が目を閉じる。

 僕は迷わずキスをした。

 星に夢中になってる先輩と後輩は気づいてなかった。事後確認なのが、僕達の警戒が緩くなっているのを証明する。

 でも今は、そんなことどうだってよかった。

 肉体を接触させて、心を近づける。

 いつかに言った、近接の法則。

 実際僕は、その法則はあってると思う。唇を重ねて、紫苑の感情がわかるしそれに、紫苑も僕の感情をわかってる。

 キスしたあとの紫苑の顔は、いつになく哀れで、可愛かった。いつもはあんなに余裕があるように振る舞ってるのに、実は慣れていないから。そしてそれを無理して、僕に余裕があるように見せようとするけど、照れている感情を抑えきれていない。

 とてつもなく哀れで哀れで愛おしい。

 僕はもう一度、紫苑の頬を固定し、キスをした。

 紫苑はビックリしたような顔を最初はした気がしたけど、すぐに目を閉じて、僕の頬に触れた。

 幾億年経ったような時間感覚で、紫苑から離れた。

 紫苑は今度は、薄く笑った。安心するような、嬉しいような、そんな顔。

「私には、こんな夜の星も眩しいや」

 紫苑が後ろに片手をつき、もう片方の手は僕に差し出しながら言う。

「そんなことないだろ」

 墨はその手を優しく握った。

「一生懸命、前向きに生きるそんな光は、私には眩しいよ」

「紫苑だって、必死に生きてるじゃないか」

「私はね、必死に生きすぎてる。未来のことなんて見えないぐらい、今生きるのに必死。でも皆は、未来を見て生きてる。あの星の光はさ、もっと昔に発せられたもので、私達から見れば過去、星から見れば未来に送ったもの。今のためにしか懸命に輝けない私とは、大違いだよ」

 でも、今を懸命に生きる紫苑は、僕から見れば誰よりも輝いていた。必死に生きるから、誰よりも今を生きるから、輝ける。僕はそれを活かす暗闇みたいだな、なんて思った。

「僕がいれば、大丈夫。未来のことなんて不安にさせないから。今しかないこの瞬間を輝いてる紫苑が、一番綺麗だ。だから僕は、そんな紫苑とずっと生きていきたい。死ぬまで、いや、死んでも」

 そう言うと、紫苑はクスリと笑った。

「プロポーズみたいだね」

「そうな」

 僕も薄く笑って答えた。

「いつかちゃんと、大きくなってもう一度私にしてくれるの、ずっと待ってるからね」

 いちいち重いんだよ。

「いつか、な」

 そしてまた、二人で夜空を見渡した。


「天体観測、なかなか面白かったね」

 夜、隣で寝てる紫苑がそういった。

「また行きたいな」

「私のベッド、入ってきてよ」

 そう言われて、紫苑のベッドに入った。

 紫苑のさっきまでの温もりが感じられる。

 そのうえさらに、紫苑が僕の首元に手を入れる。その手から、紫苑本人の温もりも感じられた。

「こうしてると、落ち着くんだ」

「僕もだよ」

 僕も紫苑の頬を触る。

 柔らかい、すべすべした感触を味わう。

「現実って、つまんないよね」

「一番楽しんでそうだけどな」

 紫苑が首を横に振る。

「生きてる限り、死があるし、出会えば必ず、別れがある。なんでだろうね、最後はいつも、悲しいこと」

 紫苑の言ってる意味がよくわかった。

「そうな」

 だからこそ何も、言えなかった。

 僕も同じことを思ってるから。

「これだけ今幸せな思いをしても、最後は幸せだった分の代償を払うようにされてる。ポイントみたいなものなのかな?」

「幸せになった分ポイントが溜まって、一気に支払わされるってまるで詐欺だね」

 紫苑が薄く笑う。

「そうだよね。やっぱり、一緒に死ぬのが正解なのかもね。私、瀬戸君においてかれたらすぐ、ついていきそうだし」

「そんなにすぐ来られても僕は困るだろうけどね」

「なんでさ」

「静かな時間が一瞬でなくなるじゃないか」

 そう言うと紫苑がペチペチと僕の頬を叩いた。

「私は寂しいから、すぐに行くよ」

「そうな」

「私と瀬戸君、どっちが先に死ぬのかな。あるいは同時に死ぬのかな」

「同時な気がするけどね」

「なんでさ」

「だって僕も、すぐに紫苑についていきそうだから」

 今では紫苑がいない世界なんて、ありえない。

 そんな世界に存在するほうが、地獄。


 そうやって話してる間に、紫苑が寝た。

 時間は2時だったから、明日は多分12時ぐらいまで起きない。0時半に寝たときだけ6時半に起きる。紫苑の身体ってすごいよな、なんて思う。

 僕も自分の布団に戻って寝ることにした。

 その日、夢を見た。

 紫苑とまた、星を見る夢。

 起きたとき、紫苑の綺麗な横顔だけを覚えていた。

 紫苑が仮に死んでも、僕は決してこの顔は忘れないんだろうな、なんて思った。

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