天体観測

「双眼鏡っている?」

「そんなんじゃ絶対見えないよ」

「雰囲気出るから持ってくね」

「逆に出ないと思うけどな」

 金曜日。張り切りすぎてる紫苑につられて、僕たちは15時半から準備をしていた。

 僕の家から学校まで、大体40分。それなのにもう家を出ようとまで言っている。

「暑いから出来るだけ家にいない?」

「だめ!行くよ!!」

 僕を放ってでも靴を履いて玄関を出ようとしたので、慌ててついていいった。先に家を出た紫苑を追いかけようと慌てて玄関のドアを開ける。

「わっ!!」

 人間、本気で驚いたときは声が出ないらしいけど、ホントに出なかった。

 さっきまでドアの後ろに隠れていた紫苑は今、僕の前でゲラゲラ笑ってる。

「本気でビックリしてんじゃん!」

「紫苑のせいだろ!!」

「わかってるから怒んないでんよ〜〜」

 僕が拗ねていると、「胸揉む?」なんて言ってきた。本気で揉んでやろうかな、でもなんだか、そうすると喜びそうな気がするからやめた。それはそれで悔しかったから。


「皆何食べると思う?」

「少なくとも5袋もポップコーンいらないと思うよ」

「でも人類ってポップコーン好きじゃん」

 いちいち主語がデカイ紫苑。

 もうちょっと自重してほしい。

「1袋で十分だよ」

「でもそれ、私一人で食べちゃうよ?」

「一人で食べきっていいだろ」

「なら一応、二袋にしとく」

 それでも一人で食べきるだろ。

 今日の昼直後も、どこからか取り出したポップコーンを一人で食べていた。テレビで映画を見ながら。

 なのにまだ食べるのかよ、と呆れる。

「瀬戸君何買う?」

「僕もお菓子買うよ」

「珍しいね」

 驚いたように紫苑が言う。

「お菓子は魔法の食べ物なんだろ?」

「よく覚えてんじゃん!ならポップコーンもう1個」

「そんなにいらない」

 ポップコーンの分で、ゼリーやら何やら身になりそうなものを買っていった。


 30分も早く学校について暇すぎたので、誰もいない教室を見たり、廊下を走ったりしていた。

「なんか変な感じだね、誰もいないなんて」

 紫苑が教室を覗いたり、窓から外を見たりしながら言う。

「文化祭を思い出すな」

「文化祭じゃなくて私の胸の感触でしょ?」

 バレてた。

 紫苑には僕の浅はかな考えなんて全部、お見通しにされてる。

 欲望に忠実に生きろってことか。

「それも覚えてるけど、ちゃんと文化祭の思い出もあるよ」

「はは〜ん、ちゃんと覚えてるんだ。言ってくれればいつでもまた体験させてあげるよ!」

「言わないよ!」

 そう言うと紫苑はケラケラ笑う。

「そんなに照れなくてもいいじゃん!耳まで真っ赤だよ!」

「照れてないよ!」

 顔が熱い自覚はあるけど、認めたくない。

 なんだか紫苑に全てで負けるみたいで。

「照れてるじゃん。また顔に押し付けてあげようか?」

「結構です」

「ませてんね〜」

 目をそらす僕を見て、また笑う。

「まぁまぁ、冗談は置いといてさ、そろそろ部室行こうよ」

「そうな」

 冗談じゃないことを冗談で済ますのは紫苑らしかった。


 結局僕達が最後で、先輩と後輩二人はもう持ち物を整理してくれていた。

「皆集まったわね。それじゃ、屋上に行きましょう」

「おーー!!」

 望遠鏡やら星座表やらを持って皆が向かう中(望遠鏡を持っているのは本人の強い希望で紫苑)、僕だけが大量のお菓子の入ったビニール袋をぶら下げている。

 気分はピクニック。僕だけまるで戦力外。本来なら紫苑が持つはずだったのに。

「まだそんなこと気にしてるの?」

 紫苑が心を読んできた。

「別に」

「私が買って瀬戸君に持たせてるんだから私も同罪だよ。だから一人で一身に背負わないで」

 私も瀬戸君の罪をかぶるんよ、あぁなんて、哀れな美少女なの!?なんて言ってる。おやつ買っていこうって言い出したのは紫苑だから、同罪というより紫苑の方が圧倒的に悪い。

 哀れな美少女に違いはないけど。

「わかったよ。僕も一緒に背負ってあげるよ」

「違う!私が背負うの!私が悲劇の美少女ヒロインなの!で、最後は病気で死ぬんだよ」

 なんだよその物語。急に死とか現実的な話になってビックリした。

「なんでもいいけど、もうすぐ屋上だよ」

「だよね!めっちゃ楽しみ!」

 この笑顔が見れればなんでも許せそうだった。

 それぐらい、紫苑は可愛かった。


「ねねねねねねねねねね、見て!!星めっちゃキレイ!!」

「白川、現実見てくれよ。まだ夕方だから星なんて見えないよ」

 死んだような目で夕焼けを見る紫苑。

 これはこれで絵になるな、なんて思った。

 美少女が夕焼けみて絶望してるんだから。

 大体の人は夕焼けを楽観的な気分で見るのに。

「仕方ないでしょ、準備とかで時間かかるんだからかなり早めに行くのよ」

 先輩にそう言われて、大人しく座る紫苑。

 それでも始めて来た屋上に、テンションは上がっていた。

 フラフラ歩き回って下を見たり、空を見たり。何をしていても、絵になる。

 自分で言うだけあって、流石美少女。

「あなた達、白川さんに看取れる暇あったら手伝ってくれる?」

 同じく見惚れていた後輩達が怒られていた。

「あの、僕達は?」

「そうね、やり方だけ覚えてほしいから、こっちに来て見ていてくれる?」

 フラフラしている紫苑を呼び戻して、作業をしている3人を見る。

 複雑すぎて、来年自分たちで出来るか不安になった。ちなみに紫苑は何一つわかっていなさそうな顔をしてる。


「そろそろ見れるわね」

 あたりが暗くなってきた19時頃、先輩が夜空を見上げてそう言った。

 紫苑と僕は買ってきたゼリーを食べていた。

 勿論先輩と後輩にも分けてたど。

「じゃあポップコーン開けていい?」

 なんでこのタイミングなんだよ。

「好きにしろよ」

 早速袋を開けて食べ始めた。

「魔法の食べ物、食べないのー?」

「一通りみたらな」

 そう言うと、紫苑もポップコーンを置いて僕の横に来て、丸くなるように体操座りした。

「白川先輩、準備出来ましたよ」

 呼ばれた紫苑は10mぐらい前にいる後輩の元へ行き、何か説明を受けてから、黙って望遠鏡を覗いていた。

 夕方と違ってはしゃいだりしなかった。

 ただ黙ってじっと、望遠鏡を眺める。


 15分くらいしたところで、紫苑が僕の横に戻ってきた。

 何も話さないから、僕も黙って夜空を見る。

 街明かりで星が見えにくくなってると言っても、学校の屋上からはかなり鮮明に見えた。

 紫苑が僕の肩に頭を乗せる。

 僕もなんだかそれが心地よくて、紫苑も心地よさそうで、ずっとそのままでいた。

 いつまでもこうして、二人で星を見ていたい。

 やっぱり紫苑といると、世界が夢のように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る